グッドボーイハートは人と犬が共に成長して調和することを目指すドッグトレーニング・ヒーリングスクールです。

トップページ
お電話でのお問い合わせ
お問い合わせフォーム

クラスメイト

今回のクラスメイトはトイプードルのティキちゃんの飼い主さんからです。
ではどうぞ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私のパートナーはトイプードルの女の子で3才になるティキといいます。

ティキは私がトリミングショップを開業するときに迎えた犬です。
その時から私はティキを「犬」としてではなく「店の看板犬兼マスコット」としてみていたように思います。
トリマーとしてトイプードルを飼うことがそれまでの私の理想だったのです。

「いつも可愛く、常にきれいにカットされて
可愛いお洋服を着せ、お客様にも愛想よく振る舞える犬。」
これが、私が目指していた理想的な看板犬でした。
もちろん私のしつけでティキはそうなるのだと信じていました。

「お店をもって可愛いプードルと暮らす」
すべてが完璧に思えました。
こうした私の接し方がティキにどのような影響を及ぼすのかなど知ることもなく。

でもティキが1才を迎える頃、急にお客様に吠えるようになったんです。
この頃からドッグランやドッグカフェに連れて行くと
そこで会う人や犬にまで吠えるようになりました。
私はティキが「吠える」ことが気になり
「ティキが何故が吠えるのか」という根本的な原因を考えることもなく
それを矯正することばかりを考えていました。

犬のしつけ本や自分の経験から得た知識で、吠えるときに大きな物音をたてり
「NO!!」と怒った口調で叱ってなんとか止めさせようとしました。
でもティキの吠える行動は良くなるどころか、ますますひどくなっていきました。
私の理想と離れていくティキに苛立ちを覚えたこともありました。

このころ、ティキが2才になろうとしていたときに母がグッドボーイハートと出会いました。
そして私もグッドボーイハートのクラスで学ぶようになり初めて知ることになります。

私がティキに対し「犬」ではなく「お人形さん」でいることを望んでいたことや
「パートナー」ではなく「マスコット」として扱っていたことを。
それがどれほどティキにとって負担であり自信を失わせていたのかということも…。

当初は気づいたことをなかなか受け入れられずに苦しみました。
“私”が“ティキ”のためと思っていたやってきたことが全て“私”のためだったと どうしても思えなかった
いや思いたくなかったというのが事実です。

何かを手放すのはとても勇気がいります。
まず私が手放すべきものは「自分のもつ理想のティキ像と自分像」でした。
これには時間もかかりました。

手放したとき見えてきたものは「等身大の自分とティキ」でした。
もちろんその現実を知ることは私にとってつらいことでした。
ティキと私はあまりに弱く小さな存在のように思えたのです。

でも、うまく伝えられないのですが
手放すと同時に心のどこか奥のさらに奥の方で何か清々しさのようなものを感じました。
それまでは自分の理想に私自身がしばられていたのかもしれません。
それがなくなってやっと、私とティキは“新しいわたしたち”として再生したのです。

グッドボーイハートに出会う前は「自然と触れ合う」ということなどほど遠い暮らしをしていました。
海で泳ぐとか山登りなんてもってのほかだったし虫も土も草はもちろんのこと、太陽さえも避けていたのです。それが今ではティキと一緒に山に入り、野いちごを食べ、草の匂いを嗅ぎ、海岸を走ります。
まだ虫は苦手なんですけどね。

こうしてティキを「パートナー」といえるようになるまでには3年かかりました。
真の「パートナー」となっているかどうかは、まだわかりませんが
そうなりたいと願い私と彼女ならそうなれると信じています。
ティキとどう過ごしたらいいのか、ふたりの未来について悩みや迷いはあります。
でも、私たちはスタートしたばかりなのです。

「犬が犬らしく生きる」ということ
「人が人らしく生きる」ということ
「犬と人が共に生きる」ということ

このことをティキと共に、グッドボーイハートの皆さんと共に学んで行こうと思っています。
いつか胸を張って「私はティキのパートナーです!」と言えるように

ティキから「この人が私のパートナーです!」と言ってもらえるように。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

犬のプロフェッショナルとして、いち飼い主としてたくさんのハードルを越えて来られましたね。
自分が当たり前だと思っていることが実は当たり前でないと気づくことは新しい自分とのすばらしい出会いとなります。

たくさんの新しい自分とティキちゃんとの出会いをこれからも楽しんでください。

またいっしょにトレッキングに行きましょうね。

Posted in 受講生のコトバ

クラスメイト

今日のクラスメイトはコーギーのエドちゃんとタハティちゃんのお父様からです。
ではどうぞ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私の家族はコーギー2頭と暮らしています。
彼らにはそれぞれに身体的な不調がありました。
メス犬のタハティは1歳ころ赤血球の病気になり治癒の可能性は50%といわれ
一時は動物病院へ入院するほどだったのですがなんとか快復しました。
オス犬のエドワード(通称エド)は、ある日突然悲鳴のような声をあげそれから後ろ足が麻痺して歩けなくなりました。

いろんな情報を得て外科的な手術もすすめられたのですが
動物の治癒力を高める形で治療にあたっている獣医師との出会いもあり
手術をせずに6ケ月以上のリハビリを続けました。

治療やこの間の世話などに関しては大変なことが多かったのですがこのことを通して「自然治癒力」ということに対し興味を持ち始め犬の体調不良やその治癒のために自分たちが出会ったことがグッドボーイハートへの道を開いてくれたように思えるのです。

そして、道が開かれるとまた別の課題を与えられました。

実は憧れはあったものの、まさか自分が犬と暮らすようになるとは思ってもいなかったのです。
犬のことをよく知らずに犬を飼うことになり、飼い始めてからスクールに通ったりドッグランに出かけたりして一般的なしつけを行っているつもりでした。

今思えば、理想の犬にしたいという気持ちが強かったのでしょう。
犬が来る前に憧れていた犬との関係とはかけ離れていこうとしていたのに…。

犬との関係を見直したときにまず気づいたことは
いかに犬に向き合っていなかったということです。
彼らを犬としてつきあうことの難しさにも直面しました。

犬の行動を人社会に適応させるために矯正していることも多く
この生活環境は誰のものなのかという現実に対して向き合うようになると
このことは自分と向き合う作業でもあることに気づかされました。

犬との生活をお互いにとって良いものにしていきたいという気持ちが芽生え
犬と共に自然に触れ合う時間が増えてきました。

人と犬が自然の中に身を置くことで犬と共に生きるという感覚が生まれたのです。
共に過ごす時間を持ちながら犬の小さな体調の変化にも気づくようになってきました。

習慣となっている接し方をなかなか止められず不自然な感じもあります。
ときに混乱もしますが、これが自分の課題なのかと受け止めています。
自分の一方的な考えや思いに逃げ込まなくなってから「犬達の行動をそのまま受け取ろう」という思いが高まっていきます。

ここで知り得たことが自分の中で消化されていくと犬たちにおこっていることは自分たちの影響だったのだと思い当たることが多く、今では自分のあり様をみつめなおす日々を送っています。
迷いや悩みは減り、本当に必要なことは何かを知りたいという気持ちが優先し頭を使うことも少なくなってきたんです。

今では足の悪いタハティも歩けなかったエドも山登りができるようになりました。
山を歩いているときに犬の行動が自分と重なってみえたとき「大変だけど変わっていかなきゃなあ」と感じます。
時折みせてくれる彼らの動物らしい輝きを目にするとその思いに自信がつくのです。

私に「今できることが何なのか」を知る機会を得られたことはとても大きいものでした。
ここで出会う人と犬をみていると、課題はそれぞれだと感じますが、たどり着く先はみな同じところではないでしょうか。

ここで深い自然と出会うようになって、人にも犬にも、すべての生き物にとって、「自然」という言葉が示すものが「必要なものである」という漠然とした思いが湧くようになってきました。

こうして犬を通して自分の内面についても学ぶきっかけとなり「自分が変わってエドやタハティにも良いことであれば」と犬をだしにもしましたが、妻や娘、犬達との出会い、そして故郷へ帰って仕事をしようと決心したこともすべては今につながっていると思え奇跡のようです。

奇跡の積み重ねに「感謝する気持ちを持つこと」が人生を豊かにするものだということをちょっとずつですが知りはじめています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ご家族で通ってきてくださり、人としての学びにも積極的にご参加いただき前向きな姿勢に頭が下がります。
足のよわかったタハティちゃんが走るようになったり
ふらついていたエドちゃんが山を歩く姿を見るようになり
変化というのは必要であれば訪れるのだな~とその生命の不思議に出会わせていただいています。

小さな毎日の奇跡をこれからも受け取っていかれますよう
また共に学べること楽しみにしています。

Posted in 受講生のコトバ

クラスメイト

犬・ミラグロコース 初級クラスを再受講した生徒さんからの感想文です。
クラスの生徒さんの感想や気持ちをクラスメイトとして紹介させていただきます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
犬・ミラグロコース初級クラスの再受講クラスを受講したこの半年に得た最大の気づきは、自分がいかに我が強く自己中心的であるかということでした。

「思いやり」の気持ちや「創造力」が自分には足りないんだということを自覚できました。
そしてやっと「思いやる」気持ちが芽生えてきたように思います。
日常生活についても自分が「やりたいこと」よりも、まず「やるべきこと」が先に出てくるようになりました。

そして「家族」について以前よりも考えるようになってきました。
「家族は自分たちでつくっていくもの」という当たり前のことにやっと実感が持てるようになったのです。
このことを通して得た気づきを大切にして「核」のある自分になり、家族に「安らぎ」をもたらせるように成長したいと思っています。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
家族が2から3へと変わり動物という家族と出会うことで得られた戸惑いは、いつのまにか成長のチャンスに変わっていたのですね。
片道7時間の陸路、水路を超えてグッドボーイハートへ通われる力は、来られる度に力強さに変わっていかれることを感じています。
家族もきっとそのことに気づかれているでしょう。

土の上への生活に変わるチャンスをもらったのも犬達の見えぬ力なのかも。

犬・ミラグロコース初級クラス再受講クラスは
犬・ミラグロコース初級クラスを受講された方に対してよりこのクラスが深く自分につながり着実に歩くチャンスをくれるクラスです。

知識を詰め込むクラスではないので受けるたびに、また違う仲間と共に受けることでその時に必要な気づきが自分の中に起きてきます。

Posted in 受講生のコトバ

犬・ミラグロコース再受講クラス

犬・ミラグロコース 初級クラスを再受講された生徒さんからのメッセージです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

初級クラスをはじめて受けたときには、「早く家に帰ってあれをしなくちゃ」と終わりの時間を気にしながら受講していたため、授業の後半の話をあまり聞いていないこともありました。
その上、初めて耳にする言葉や内容に「???」のことが多かったのです。

再受講クラスを受けたときにはこうした戸惑いやあせりがなく、落ち着いて受けることができるようになり理解もすすみました。

「こんなことがありました」などと発表するときには、みんな毎回いろんなことに気づいているのに、
私はなかなか感じなかったり気づかなかったりして「ダメだなー」落ち込んだこともありました。

でも、授業をもう一度受けることで「あ~それ忘れてずっとやってなかったなあ」とか「あれ?これやり方を間違えたままやってたんだ」という事が発覚。

続けていくうちに家族(パパ)の気持ちにも少し変化がみられるようになりました。
クラスの中でたびたび紹介されるネイティブアメリカンの本を手にいれたところ今までこんなことに全く関心を示さなかった家族が自分よりも先に本を読んで“自然”を口にするようになったんです。

ミラグロクラスでいうところの「つながる」という感覚はまだありませんが
少しずつ積み重ねていくことで「ある日突然感じるのかも」と思っています!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
淡々と真面目に勉強を重ねて来られています。
こうしたクラスへの参加をとおしていろんな変化がやってきていますね。

変化というのは実はどこかに自分の意志があることで起きるんですよ。
だからその変化はまさにあなたと犬と家族が招いたもの。
感じていないようで、気づいていないようで、いつのまにか「つながっている」んですね。

思考に重点をおいて知識をつめこむクラスではないので、今までの学習方法とちがってはじめは少し戸惑いがあるかもしれませんね。

犬はコミュニケーションのために「犬と会話ができる本」を読んではいません。
もしアマゾンで注文しているのを見たら「コミュニケーションはパターンじゃ覚えられないよ」と伝えてください。

彼らはたぶん…感じ、知って、学び、気づき、そして自然と変化していくのでしょう。
このクラスはそんなステップを踏みながら進んでいるんです。
続けているとそのうちにうるさい頭も静かになるでしょう。


OLYMPUS DIGITAL CAMERA

Posted in 受講生のコトバ

ドギー・ナイトの日に

週末はドギー・ナイトの時間をいただいた。
雪の中でたき火をし木の命が天に昇るのを見届けながら私たちは暖をいただく。
雪といっても太陽の遠い日々が続いた後にできた氷のじゅうたん。
雪の中で元気にはしゃぐ犬達もこのじゅうたんはあまりお気に召さないらしく早々に暖かい場所へと戻っていく。

部屋の中に並べられたクレートの中から音が聞こえる。
「ズー…ズー…」
だれかの寝息かいびきのようだ。
またしばらくすると別の音が聞こえる。
「グー…グー…」
交代で寝息を立てる犬達。
寒い気候は体力をかなり消耗するのだろう。
暖かな部屋の自分のテリトリーの中でぐっすりと休めるというのも悪くない時間なのかもね。

この季節はテントで寝ることもできないので飼い主さんたちは部屋の中でお勉強タイム。
今日のお勉強は「人類がいなくなったら犬達はどうなるの?」
人類がいなくなった日について専門家たちが語る映像を見ながら地球の変化を想像する。
犬は、猫は、ねずみは、鳥は、そして狼は…。
地球があって自然が命を取り戻せば、自然そのものである命たちは
形を変え力を変えてその生命の喜びを地球に捧げ続けるのだろう。
人類が滅亡してもわたしたちに付き合わなくていいよ、というまでもなく
彼らは自立して生きのびていくことだろう。
そんなことを心配するひまがあるなら
自然に遠くなった自分の方をなんとかしたほうがいい。

降り積もる雪と氷の山の中に埋もれていく家の周囲を
みんなの手をかりながらスコップや板で雪かきをした。
背中はバリバリに痛くなって横になるときには最高に幸せと感じる。
こんなことをしなくても快適に過ごせる生活もあるけど
こんなことをするからこそ知ることもたくさんある。

この日にたいていスコップできれいにした道も
今朝目が覚めると真っ白の雪で覆いつくされている。

自然の力というのは偉大でありすぎて恐れおおい。
でも、恐れることと畏敬することはちがう。
恐れずに畏敬の念をもって共にありたい。

犬はその力と私たちよりもずっと近くにあって
そこへたどりつくためのチャンスをくれる。

わんこ山頂上-150x150

Posted in クラスのこと, 自然のこと

となりの犬:微妙な境界線で微妙な関係を保つ犬たち

グッドボーイハート七山校、つまり「オポ邸」の入口を護るのはオポと私の共同作業。
私よりもオポの方がセンサーが格段にいいことは言うまでもない。

お客様や宅配便、そして近所の動物たちのどんな来訪をも気づかぬことはない。
ところがただ一つの動物だけがゲートのフリーパスをオポから渡されているようだ。

彼の足あとである。
ゲートの下をくぐって入ってきてゲート沿いに反対側まで歩きふたたびゲートの下からくぐって出て行った様子である。

普段は犬が臭いで見ているものを、雪の日にはその足跡を目でみることができる。
雪の日は人間の私にとって彼の来訪回数がわかりやすく雪の日の楽しみにもなっている。

私たちが山に行っている間に来訪されたようでオポが柵越しに様子をうかがっている。

「彼」というのはオポの住処に最も近いところにテリトリーをもつ犬のことだ。
オポよりも若い昔流行ったスピッツ犬の風貌を思わせるような伝統的ミックス犬である。

オポの姿が見えれば柵越しにあいさつに来ることもあるし
オポが庭にいないときに柵の中に入ってきてもオポはなにも言わない。
もっとびっくりするようなことだってあった。

オポと彼には線をひくような境界線がない。
彼が来たときにゲートを開けても、オポは彼を追ったりはしない。
ゲートから少し入ったところまでは来るが山に上がろうとするのを見たことはない。
この犬達の間に結ばれているものは、都会では見ることができなかった。

人間にはさほど関心がないようで私が立っていても近づいてくることもない。
その彼が、今日はめずらしく私に関心を示してくれた。

雪のため車を下の道に止めておいたからだろうか
車を止めていたのは彼のテリトリーだった。
車で作業をする私のそばを離れず
私が車から降りると近くまで来て臭いとりをして私を確認する。そして自分の家へと帰っていった。

彼の見回り(嗅ぎまわりかな?)は1日数回。
雨の日も雪の日も、つないである紐が外されている限り欠かすことはない。

オポと彼の不思議な関係は
オポと私の中での未知なるものであり、犬の不思議な世界を教えてくれた。

PC305497-150x150

Posted in 日々のこと, 犬のこと

納めの日

古い資料の整理をした。
11年前に作ったプリントが出てきた。

11年前…。専門学校の講師の仕事を受けたときだ。
オポとはまだ出会っていないころ。随分昔のことのよう。

学校の授業の内容の組み立てとして作ったそのプリントは
「何のためにトレーニングをするのか」という題目で始まっていた。
その中にこんな言葉が走り書きされていた。

共感、信頼関係、安心感、理解、自立、社会性、協調性、自信

いろんなことをやってきたように感じていたけど
目指していたものは何も変わっていなかった。
出会ったものは、道で得た喜びや気づきに過ぎなかった。
これを目指して来たから今があるのだと
与えていただいた全てのものに対し改めて感謝の気持ちが生まれる。

オポとここに移ってきたときに植えていただいた柿の木。
今年やっと私の背丈を追い抜いてくれた。
そして、はじめてかわいい花のようなものをつけた。

遠回りをした私につきあってオポがここにたどり着いたとき
随分と年老いて疲れきっていた。
植えたばかりの小さな柿の木をみながら
この柿の実が落ちるころにオポがそれを食べることを信じようと誓った。

木は育ち、オポの命は輝きを増した。
そして、私は探していた犬との関わりを通して気づきをいただいている。

生きて輝いていることだけがすばらしいのだから
生きがいというほどのものはいらないのかもしれない。
このことは私にとって生きがいというより日々の喜びでしかない。
ほんの一瞬の喜びを共に感じる仲間たちと過ごした今年の納めの日。
それにふさわしい静かな山。

今年をきちんと納めて、
オポのいう「現実と現実を超えたものを結んでいるものについての学び」を
変わらずみなさんとご一緒いたしましょう。

P8046035-150x150

Posted in 日々のこと, オポのこと

毎日の散歩

朝、窓の外を見ると…
これは非日常ではない。これは現実だ。

玄関の前に、一晩かけて屋根から落ちてつもった雪。
家の周囲がこの雪の小山に囲まれている。
室内の気温は1度。
脚まで埋もれる雪にオポの足取りもいつもと違う。

そんな今日も、いつもと変わらず山へと歩く。
私はセーター、防水ジャケット、帽子、手袋、厚手のソックスと…防寒準備を怠らない。

オポはいつもと変わらない。
生涯をかけて1着の極上マイ毛皮とカギのついたゴム靴がある。
アンダーコートの薄い毛質なので防寒力はそれほどないと思える。
見に付けているのは山と暮らして得たもの。
「ないものは補えばいい」は、オポが教えてくれた。

雪の日は一面が白く道が見えない。
オポの足あとに自分の足を重ねて歩く。
犬は迷わない。天下一品の鼻があるからね。
尾根の脇の若木たちはその葉に雪をのせて頭を深く垂れている。

同じように私も頭を深く垂れたまま前進。
昨晩の雪は長く降り続いたみたい。
動物たちの歩いた跡も見つからない。

山の中でオポの耳をさわってみた。
あたたかい。

木をかじっている。この季節にしか得られないハーブ。
いろんな命が君と共にいるんだね。

雪解けの水を吸って、木々たちは一層輝いている。
この雪を迎えるための毎日の厳しい寒さが
動物の体に準備を促してくれる。

私も家につくころには汗びっしょり。
もう、そんなに防寒しなくてもよくなったのかな。
皮下脂肪っていうのが増えたってことね。
見かけより機能だよね、オポ。

PC275482-150x150

Posted in 日々のこと, オポのこと

雪化粧

この冬初めての真っ白なおしろい。

やはり油断は禁物だった。
唐津の平地では雨になるこの天の水はこの地では雪に変わってしまう。

トレッキング予定日だったこの日、昨日から「雪…大丈夫ですか?」の連絡が入ってくる。
大丈夫かどうかは私にもわからないんだけど、危険と感じたらみなさんは近寄るべからずです。

結局コース変更をして車を乗り換え、雪舞う中でのトレッキングとなった。
犬は大興奮。
厳しい冬を越えた遠い昔の記憶を思い出しているのかな。

さて、家に帰る準備は男仕事。
力まかせにチェーン装着をしなければならない。
応援を受けて今年最初のチェーン装着は気合はあるけど手間取った。
まだまだ腕力が足りないらしい。

これ以上腕力がついたら大変なことになりそう。
必要なものは与えられるってこんなこともそうなのかな。

雪道では車の運転も方向を失いそう。
寒い部屋の中に待つオポの元へと戻る道で、雪をも溶かす勇気をいただく。
どんなときにも、家族がいるって心強いね。

こんな日に家の中ではそうすることもない。
片付け、掃除をして小豆を煮ようかな。

こんな季節もそう長くはないので、どうぞお越し下さいませ。
チェーンの装着くらいはお手伝いできるかも。
それと腕力の付け方説明書もつけときます。

雪屋根-150x150

Posted in 日々のこと, 自然のこと

犬・ナティボコース

ドッグトレーナー養成クラスの名前を変更しました。
7期生からバージョンアップしたドッグトレーナー養成クラスとなります。
そのクラスの名前は「犬・ナティボ コース」

ナティボ NATIVO
というのはネイティヴのスペイン語です。

ネイティヴという言葉が少しはやっているようで多少の抵抗はあったのですが
お知らせを受け取ったので素直に使わせていただきます。
犬・ナティボ コースは「本来の犬を知るコース」という意味で名付けました。

ドッグトレーナー養成クラスの復活をご案内したとき
トレーニングという言葉にそれぞれにもつ価値観や思い込みがあるのか、抵抗を感じられた方もいらっしゃったようです。

トレーニングと聞くと「犬に人がやってほしいことを伝えること」と単純に感じられるかもしれません。
犬のしつけの本やドッグトレーニングに関する情報の大半はこうした視点で提供されています。

たくさんの方が「犬に人がやってほしいことを伝えること」を求めていらっしゃるからです。
でもトレーニングというのはそうした視点だけではありません。

トレーニングの本も読んだこともない、興味もない、スクールにいったことのない人の方が
知らず知らずの内に犬にトレーニングをしてしまっているからです。

それも「これを教えよう」というものがないのに、無意識に行動していることが実は犬に対するトレーニングになっているのです。

他にも、無意識に行動していることが犬に対するコミュニケーションの方法になってしまいそんなことをいうつもりはなかったのに、ということを犬にたくさん伝えているんですよ。

犬・ナティボコース科目には、犬の歴史、習性、本能、感覚、体、行動、コミュニケーション、学習
などなどと書ききれないくらいの知識があります。
どれもナティボ=本来の犬についてのことばかりです。

たとえば、学習については

犬がどう学習しているのか
飼い主さんが無意識に学習させていることって何か
それが犬の成長にどう影響をするのか
そしてそれが犬と飼い主の関係をどう作っているのか。

トレーニング使う道具も使い方は様々。
その道具をどのように使うことができるのか。
それが犬に与える影響など。

だからこのコースは「こうして犬にトレーニングをして下さい。」というクラスではありません。
これだけの知識を持ってあなたは何をしますか?という問いかけがあるだけです。
どう行動するかは飼い主さん次第。
またクラスの内容をどう受け取るかも飼い主さん次第。

6ケ月のコースは長距離と感じられるかもしれませんが
10年以上も生活を共にするパートナーのことです。
私がこのコースでお話することは、17年間犬と向き合う仕事をしながら
パートナーのオポと暮らした10年も重ねて知り得た全てのことです。

たとえ犬が老犬になっていたとしても
このコースで学ばれたことを受け取られれば
きっと10歳と1日目のその1日は、今までと違った1日になるでしょう。
10歳のオポと暮らす私にとっての犬のナティボを追うときは
この暮らしがある限りいつまでも続くでしょう。


犬・ナティボ コース 犬の本来
犬・ミラグロ コース 犬の奇跡

どちらも語源はスペイン語です。
なぜスペイン語になったのかについては理由はありません。
スペインは日本では「西」
西は真実へと導かれる方角。

犬の真実へ

私たち人間の真実へ

そして人と犬の真実の関係へ向けて

ときには真剣に、ときには笑いながら、ちょっとだけがんばったりしながら

癒しの世界で起きることはきっと素敵なことばかりです。

e8b6b3e8b7a1-150x150

Posted in クラスのこと