グッドボーイハートは人と犬が共に成長して調和することを目指すドッグトレーニング・ヒーリングスクールです。

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春のプレゼントのお知らせ:クラス参加の方へ先着順「スープ用鹿骨プレゼント」します。

3月で猟期を終えた鹿肉ジャーキー販売のヤクトさんから
「鹿の肉がついている骨が余っているから購入してもらえないだろうか」という相談を受けました。

骨は与えるには少し大きいです。
慎重な犬だったらしゃぶって遊ぶでしょうが、洋犬は無理にでもかじろうとするためすすめられません。

煮込めばスープとボロボロに落ちる肉が取れるらしいのです。
とはいえ、手間もどのくらいかかるのかわからず、すぐに購入されるかたもいないでしょう。

ということで、グッドボーイハートで少し購入してお手伝いすることになりました。
購入したものを先着順でプレゼントしていきます。

条件は以下のとおりです。

本日よりグッドボーイハートのクラスを受講される方
犬に手作りゴハンを与えたことのある方
犬に与えたあとの感想といくらだったら買いたいと思うかなどの感想を教えてください。
数がなくなり次第終了します。
絶対欲しいという方は直接グッドボーイハートにメール連絡をいれてください。

冷凍庫がいっぱいなので、できるだけ早くみなさんに配ります。
来校で受講の方は保冷剤などをお持ちください。


dav

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今年もサクランボの花が咲きました

グッドボーイハート七山校の母屋のすぐ横にあるさくらんぼの木。

森の専門家にも「樹勢がない」といわれ、手の施しようがないほど木肌も荒れているのに、
この花が最後かなと見守り続けて数年になります。

木の根が道路と家にはさまれてしまい伸びることができず、
家の屋根にかかる枝を切り落とす必要があって、育てる環境が整わないまま日々がすぎます。

さくらの木なので枝を落としてもそこから新芽は出てきません。

花がつかなかったら根元から切るしかないかな…と悩みながら、つぼみを見続けていました。


つぼみは見事に開花しました。

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また悩みつつ手をいれながらお付き合いすることになりそうです。

さくらんぼの実が落ちると、山からアナグマたちがその実を食べにやってきます。
黒くなって発酵した実は、黒犬のオポもおつまみとしてよく食べていました。

さくらが見られるのは一瞬だけ。
裏山の山桜もこれから開花を迎えます。

年をとって弱ってもそれに見合った花は咲かせることが、木にとっては存在の意味なのかなと思った一日でした。



dav


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犬に屋外排泄の自由を獲得するための提案:都会に住む犬たちに排泄の機会を与える場所はないのか。

最近は犬の排泄を外でさせたくないという意見が増えているようです。

マンションでは外で排泄させることがないため、室内で排泄をするのが当たり前という考え方になっていることもあります。
散歩中に排泄をさせたくても、都会で歩く場所はずっと住宅地の間です。そこで排泄をさせれば、人の家の壁や入り口付近で排泄をさせる結果となってしまい、水で流したとしても相手の不快さを解決することにはなりません。

また公園で排泄をさせようとしても、公園は犬のトイレではないという考え方もあるため、かなり遠慮してその場所を見つける必要があります。
公園は人にとっては、寝転んだりお昼ゴハンを食べたりする場所ですから、目の前で犬に排泄をすれば気持ちが良くないのもわかります。特に今のような花見シーズンになると、地面にマットを引いて食事をすることは人にとっては大いに楽しいものなのでしょう。

公園の作り方も代わってしまい、木々の茂みが犯罪を引き起こす可能性があることや、虫が発生する苦情を受けることから、緑を求める心はあってもコンクリートの利便性には屈してしまうため、公園はコンクリートに近い人工的な硬い土のような地面にかわりつつあります。


庭で排泄をさせたくない方のたくさんの理由の中で最大のものは、排便は処理できても排尿はとることができないので臭いがするからということです。
犬の排泄については排便よりも排尿の方がやっかいで、社会的問題も大きいでしょう。

庭のサイズがそれほど大きくなく、木々もなく、虫がたくさんいないような土では分解力も低いので、田舎のように排尿の成分がすぐに分解されて臭いがなくなるということもありません。
確かにかなり強いにおいがするため、自分たちも周辺の住民の方にも迷惑をかけることになりかねません。

これらのいろんな都心の込み入った事情や、住宅事情を考えると、犬に外で排泄をさせたくないという意見を否定することはできません。

それでもあえて言うなら、犬に外で排泄をする機会を与えたいということろにどうしてもこだわります。

なぜかというと、犬がどこに排泄をするかというのは、犬のテリトリーを関係をする問題だからです。人が特定のトイレに排泄を処理するのと異なり、犬という動物としては、排尿や排便が自分のテリトリーを獲得するひとつの方法であるからです。そしてそれはお互いの臭いを交換する社会的情報交換の場でもあり、その行動の安定性が犬の社会性の安定性にもつながっていくという、犬のナチュラルな排泄行動が犬に与える影響の強さを考えると、どうしても、犬に屋外で排泄する機会を提供することで人にも害が及ばない方法を模索して欲しいという気持ちでいっぱいです。

逆の視点から考えると、犬に室内で排泄を強いることは犬のナチュラルな習性行動に反することを強いることとなり、動物福祉で揚げる5つの自由の中のひとつ「動物の正常な行動(ナチュラルな行動)を表現する自由」の獲得に反しています。

動物行動学者コンラート・ローレンツが生きていたら、このことについて意見を聞いてみたいと思い、とても残念です。

人には環境を変える力があります。それは山を切り開いて住宅地を作ることや、公園を作ったり庭の環境を整えることにも発揮されています。
その人の技術を、犬の排尿を不快な思いをされることなく屋外で処理する技術に転用される何かはきっとあると思います。
ただ、そこのたくさんの資金が投入されないから実現できないこともあるのでしょうが、多くの人がその必要性をのぞみ求めれば、そのようなことも夢ではないと思います。

とても原始的ですが今考えつく簡単だけど比較的効果のある消臭方法をお伝えしておきます。農業に使うEMボカシというのをご存知の方も多いと思います。分解力のある菌を用いて栄養分を分解します。排尿の中にもたくさんの栄養がふくまれています。その成分を早く分解すれば臭いはもっとはやく消えます。
通販で簡単に入手できますので、お庭の臭いで悩む方は使ってみてください。

もちろん、犬はこれらの作業を歓迎します。
なぜなら臭いのは犬がもっとも嫌うことだからです。

そして、犬の排尿の臭いを少なくすることはもっと別の角度からも可能です。
これはまた次回に。

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Posted in 犬のこと, 未分類

犬にも漢方:山の薬草を動物が得る不思議

生徒さんのお宅で、子犬が異様な形の木のようなものをかじっているを見ました。

これって何ですか?と尋ねると、それは「さるのこしかけ」だとのことでした。
さるのこしかけが漢方薬として使われているということだけが頭に浮かびました。

そのさるのこしかけは飼い主さんが山で見つけて自分用に取って来たらしいのですが、子犬がそれをみつけてかじり始めたので、遊びものとして与えているということでした。

子犬がかじっているさるのこしかけは半分くらいなくなっていて、見ているとかじりながら食べていたので、半分は食べてしまったということのようです。

とても不思議な光景でした。

というのは、犬は山ではきのこ類にはまず手をつけることはありません。
犬らしく説明するなら、食べたりかじったり臭いをとることすらありません。

きのこ類は毒性が大変高く、間違って口に入れると死に至るものもあります。
なんでも口にいれてしまう犬が食べてしまったら大変危険なもので、その上山のどこにも大量のきのこ類が簡単に口にできる場所にあるのですから、管理しようと思っても無理があります。

最初は心配したのですが、犬はまったくきのこには関心を示さないということがわかりました。

さるのこしかけもきのこ類の一種です。
そのさるのこしかけを犬がかじっていたのが不思議でした。

老犬ならまだしも、子犬にさるのこしかけが必要なのかどうかはわかりませんが、これが毒物ではないことをわかって食べているのだろうなという印象を受けました。実際に本当にそうかどうかはわかりませんが、その子犬に関しては大変慎重な性質をその行動でみる機会があったからです。

子犬は散歩途中の野原の中で動くものがあっても、じーっと身をひそめて様子を遠巻きに伺った上で、その動くものの気配がなくなると遠巻きに臭いをとって立ち去るという反応を示していました。
とはいえ、子犬です。たいした理由もなくかじられるものをかじって遊んでいたという見方できるので、体が必要としたから漢方を用いたというわけでもなさそうです。

犬は自分の体調にあわせて草を食べたり、土をたべたり、朽ちた木をかじったりします。
自然の中にあって自分の体が求めるもとを自然と取り入れるのは、野生動物であった記憶がまだ残っているといううれしいお知らせです。

漢方は動物たちが体の状態にあわせて取り入れているものを観察して得た知識が基盤になっています。犬がそうした行動をとるのは当たり前のことなのでしょうが、長らく自然から隔離されていた動物としての犬が自然の力を利用する姿を見ると、本当にうれしくなります。

山でさるのこしかけを見つけた、という飼い主さんの言葉が耳に残りました。
早速、七山でもさるのこしかけ探しをしてみました。なんとたくさんあります。
それがさるのこしかけであることに、今まで全く気がつきませんでした。

わたしたち人間はというより、文明人は知識としてしか必要なものを得ることができなくなってしまい、動物としてはずい分と能力を落としたものだなと改めて思います。
何かを得れば何かを失うのか、それがバランスなのかもしれません。

ここにさるのこしかけがあるという話題から、さるのこしかけは買うと高いという話題へと移ってしまいます。
なんでも対価になってしまうのも、私たち文明人の脳の偏りなのかもしれません。

そんな気持ちにならない犬の世界がいいなと思ってしまうのはわたしだけでしょうか。


dav

Posted in 犬のこと, 自然のこと

犬が危険を感じたら逃げるか闘うか(闘争か逃走)、もしくは気を失うか(失神)

自然の中で学ぶ機会を得られる登山練習のような状況で、不幸な事故が起きてしまうことは度々耳にします。
それが大人として自己判断の上で行われたことであれば、世界の名山で命を落としたとしても、山菜を取りに行って遭難死したとしても、本人の選択した結果としてその人生を尊重をするという気持ちを保ちます。

危険に至ったときの動物の反応はとてもシンプルであるとは思いますが、それが全て問題を回避するというわけでもありません。だとしても、その機能を動物として最大限に生かせるようになりたいと思うのは全く無駄な考えでもないと思うのです。


人と同じように犬にも周囲の危険に対して反応をする機能を持ちます。
様々な危険のある中でも脅威を感じるほどの状態におかれると、闘うか逃げるかという反応をします。行動学では闘争、逃走反応(ファイトorフライト反応)といわれる反応です。

この反応に至る過程で体内では、危険を察知すると共に大量のアドレナリンなどのホルモン物質が血液中に送り込まれ、心臓のポンプが速くなり、酸素を必要とするため呼吸が速くなり、大きなエネルギーを必要とする逃走もしくは闘争反応に準備をします。
このしくみは人と犬では共通しています。他にも多くの動物がこの機能を持っています。

闘うことと逃げることは、動物の様々な行動の中でも莫大なエネルギーを使うため、この状態が継続しているときには食べ物を食べることができません。食べ物を消化吸収するためにもエネルギーが必要なのですが(血液を回す必要があるので)、そんな余裕がないから食べることを止めてしまうのです。辛いことや苦しいこと、緊張する状態にいたるときに食べ物が口に入らないという経験もここから来るものです。


実はこの究極の選択は二つではありません。
もうひとつ「失神する」という選択肢も残されています。

失神と言って連想されるのは「森の中で熊に出会ったら失神しろ」ということかもしれません。熊の専門家の本によるとこの対応は間違いだそうです。
ただ、失神しろといわれなくても、窮地の状態に追い込まれると失神してしまうということも実際にはありえるということです。

失神というとテレビドラマのように劇的なものを思い浮かべるかもしれませんが、ほとんどの人が失神を経験しているといいます。軽い失神では、立ち上がったときの目のくらむようなものも、身体的原理としては同じだと説明する医師の本もありました。
本の内容にどの程度の信憑性があるかどうかはわかりませんが、窮地の状態に追い込まれたときに、闘う(闘争)反応と逃げる(逃走)反応のほかに、気を失う(失神)という選択があるというのは納得がいきます。

前者の二つ、闘争もしくは逃走反応は心拍数が増加し血流が活発になった状態で起きる反応です。これと気を失う(失神)という身体的状態は明らかに違います。気を失うときには心拍数は一気に低下し、脈の数は少なくなり血圧は降下し、結果、脳はシステムダウンという形で全ての活動をとめてしまいます。
立ち上がったときの軽いめまいも、血液が末端に送り込まれることにより一気に血液が下に行ってしまうことで起きるものなので状態としてはその状態の一部を体験していることになります。

人にはありがちな失神が動物にはあまり起きていないように思えるかもしれませんが、実は犬の多くの失神は見逃されています。

この失神への入り口が人と犬では多少異なるからです。

自分の経験が一番わかりやすいのですが、自分に当てはめてみた場合はどうでしょうか。
実はわたしも以外と血の気が薄くよく立ち上がるときにクラリとくることがあります。細身の女子のするような可憐なしぐさにはほど遠いものの、なんとかその体勢を維持すべく近くにあるものをつかむか、一旦姿勢をとめてひと呼吸することで持ち直します。
まさに本当に失神するようなことがあったかどうかは記憶にありませんが、もし失神直前になっても、同じようにギリギリまで持ちこたえていきなり倒れる(わたしたちは2本足なので)という結末を迎え、失神といわれる状態になることをイメージします。
急にバタンと倒れる感じですね。

実際、人の失神のときには床面に頭を打ち付ける人もいるため、衝撃となることを伝えるときには失神することを前提に相手を支えるか補助できる姿勢をとらせるようサポートする訓練を受けている仕事の方もいらっしゃるようです。

犬を含める動物の場合はどうでしょうか。

昆虫も失神をしますが、仮死という極度の状態にいたるには見事なパフォーマンスと見まがう行動で、さすがに動物はその粋には達していないようです。

野生動物の映像などをみているときには「これは失神ではないか」と想われるような行動も見られます。どちらかというとゆっくりと崩れ落ちるように倒れますが、見方によってはいきなり眠りに入ったようにも見えます。

犬も同じような状態になっていることがあります。
四つ脚ですから倒れるときもドタンという風になりません。
活動を途中で止めて急に寝てしまったように見えることもあります。

それは屋外で起きるだけでなく、室内で起きていることもあるのです。


部屋の中でそんなに窮地に至ることはないということから、まさか犬が室内で失神しているとは思わないでしょう。予測しなければ気づくこともありません。ただ犬が急に眠ったと思ってしまうかもしれません。

自由行動を与えられていない犬という動物には逃走のチャンスは与えられません。ストレスがかかっていても部屋の中を突然走り出すくらいの逃走反応が引き起こされるだけです。
まだ人に対して闘争反応のでる状態であれば、いきなりかみつくという反応が引き起こされたかもしれません。日常的なストレスの表現はいきなりやってきますので、犬が接触のときにいきなりかみつくという不思議な行動にいたることもあります。

ですがストレス状態にある犬のうちの少数派ですが、反応が引き起こされないまま失神に至る=いきなり寝るという反応も十分にありえるのです。
一日中部屋の中やサークルの中に留守番をしている犬たちは、反応というものを経験しないままに成長します。環境学習の機会がとぼしく脳が未発達なままなので、ストレスの上昇にあわせた闘争や逃走反応も引き出してきません。脳はシャットダウン。パソコンでいうとフリーズ状態です。いきなり対話することを止めてしまいます。

犬のストレス行動はどんどん複雑になります。
その複雑化は犬の生活環境の複雑さと繁殖による圧が遺伝子にかかる負担からきています。

わかりにくいメッセージをどのくらい真剣に拾い上げるか。
笑い飛ばされるようなことでも、疑問をもって真剣に見て受け取りたい。

犬の中に起きている不自然なことは、人という動物と関わった結果でもあります。
そしてそれを知る力を人は持つと信じています。


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犬のコミュニケーションを読み解く鍵:犬語セミナー開催しました

週末に犬語セミナーを開催しました。
犬語セミナーは犬の動画をみながら犬のコミュニケーションについて学ぶクラスです。

犬語セミナーと聞くと「犬と話ができるようになるのか」といわれることがあります。
これは全く勘違いということでもありません。

コミュニケーションとは確かに対話です。
人側に伝えたいことがありそれを伝えようとする。
オスワリといったら犬が座るのもひとつのコミュニケーションです。

ですがコミュニケーションの本質というのは、まず相手の言う事を聞くにあると思うのです。
こちらの話を聞かないのに言いたいことばかりを伝えようとする。
犬と人も同じようになっているように思えます。

人は犬にこちらの都合を伝えようとする。
犬に食べ物の存在を知らせれば、犬は脇をすかされたように人の要求する行動をします。
ところが、本当に犬が伝えたいことは人に伝わりません。
人が犬のコミュニケーションを読み取る能力が不足していることと、その重要さを忘れてしまうことがあるからです。

犬が人に対するコミュニケーションをとるときと、犬が犬に対してコミュニケーションをしているときの違いをみると、その受け取り力の違いと犬と人の関係性の複雑さを感じます。
犬は人に対して過剰な表現をしたり、全く表現をしなくなったりしはじめています。


たとえば、人にはキュンキュンを鼻をならして後ろをつきまとい、すぐにとびついてきて、口や手をなめようとする行動をする犬が、他の犬に対しては逆毛を立てて吠え、うなり声をあげているとします。

多くの人はこの犬について「人が好きで犬のことが嫌い。自分のことを人だと思っているから。」と安易に評価してしまいます。評価というのは自分が用いている行動学分析での表現のことばのひとつです。評価は現在のその犬の内面の状態、その犬の本来の性質や行動のパターン、必要性について考える作業として行っています。

例にあげた犬の評価が「人が好きで犬が嫌い」という評価だとして、犬の理解と必要性につながったのか疑問を感じます。

上記の行動をビデオでみれば、もっとたくさんの行動を観察して拾い上げることができます。鼻をならす、人の後ろをついて回る、とびつきという行動だけでも十分な情報ですが、この行動の意味を「人が好き」と分析することは本来はできません。

なぜなら「好き嫌い」は感情レベルのことであり、その部分は人が立ち入ることができない遠いところにあるからです。そしてこの二つの感情レベルの話は、犬を理解する過程において見る目を曇らせてしまうものです。

犬の行動をコミュニケーションとして読み解くためには、まずこの「好き嫌い」という言葉を取り除いてみることをお勧めします。

さらにもうひとつ「かわいい」というのも取り除いてみてください。
これは人の感情ですが、この感情も犬の行動を見る作業では邪魔になってしまいます。

コミュニケーションのはじまりは、まずは相手のコミュニケーションを受け取ること。

犬の表現するコミュニケーションを受け取るとは、犬が要求することを受け取ることだけではなく、犬の表現するコミュニケーションのすべてを受け取るということです。

犬が要求行動ばかりをくり返しているときには、もっと大切なコミュニケーションをたくさん見逃したということです。ストレスがかかると要求が強くなるのは、動物として人にもおきますのでこの仕組みについては理解していただけるのではないでしょうか。

犬と暮らす方はみなさんそれぞれの形で犬を愛していると思います。
その中でもっとも深い愛は「相手(犬)を理解する」ことだと信じています。

また来月も犬語セミナーを通してみなさんと学ぶ機会を大切にします。
4月の福岡のクラスは16日日曜日 10時~12時です。
詳しくは電話もしくはお問い合わせフォームからご連絡ください。


dav


今回の犬語セミナーに、このブログを読んで犬の行動を学ぶことに関心を示し一歩を踏み出してくださった受講生がいました。

文章も構成もつたないブログを読んでくださる方に会うと素直にやりがいにつながります。
限られた時間で書いていますが、表面的なことだけにととまらず、これからもできるだけ深く伝えていきたいと思っています。気力によって文面には差が出てしまいますこともあわせてお伝えしておきます。

Posted in クラスのこと, 犬のこと

散歩が楽しく犬も安定:犬のリードを持つときの姿勢と歩行の注意点

犬の散歩をしている人を見ていると似たような行動が多くあります。

犬がリードを引っ張っているときは手を前に出した状態で歩いていること。
イメージとしては掃除機の枝が前に出ているような形です。

そして、多いのは手を振って歩いている人。
歩くときに両手を振って歩くのは一般的な歩き方なのですが、
実はこれが犬にとっては不都合なのです。

小型犬の場合は、手に持っているリードが頭の上でブランブランと揺れています。
ゆれるリードが気になり、怖がったりすることから、リードを引っ張ることもあります。
飼い主の横にいる犬の場合だけなので、気づかない方もいるようです。


中型犬や大型犬の場合も、せっかく犬が飼い主の近くを歩いているのに
リードがブラブラとゆれていることがあります。

リードを安定させるために、リードを持っているときの正しい手の動かし方は、
つまり、手を動かさないという姿勢と歩き方です。

歩くときに手を動かさないというとバランスが悪いと思うでしょうか。

実はこちらの方がバランスがとれます。

従来の手を動かすと腰をひねる歩き方となり、腰に負担がかかってしまいます。

手を動かさない歩き方はよく時代劇に出てきます。
武士が急いで歩くときに両手をそけい部に乗せた姿勢で歩いています。
江戸時代の絵図にはたくさん見られる「なんば歩き」という歩き方だそうです。

なんば歩きの基本姿勢は、捻らない、ためない、踏ん張らない形です。
右足を出すときは手を出さずに、右肩と右腰を出すので体の中心がずれません。

体の中心がずれないと力が抜けてバランスが取れるので、
犬が不安定でリードを引っ張るときにも、すぐに自分のバランスを取り戻すことができます。

簡単そうなのですがやってみるとなかなか難しいものです。
歩行は長い間の習慣なので、変えていくのは難しいのですね。

そこで、両手を腰部に沿わせるように固定させて歩くように練習します。
リードを安定して持っている方は、両手を振っていません。

犬にリードをつけて歩くことは、犬と人がバランスをいっしょにとることで実現します。

バランスをとって歩くことが犬との歩行の基本です。

なんば歩き、挑戦してみてください。


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クロモジの花が咲きました。






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犬語セミナー開催のお知らせ:福岡

以下の日程で犬語セミナーを開催します。

日時 2017年4月16日(日)
   10時~12時

場所 グッドボーイハート福岡
※駐車場は近くのパーキングをご利用ください。

参加費 お一人 2500円
定員有り

お申込み方法 グッドボーイハートへ直接お問い合わせください。
はじめての方はホームページのお問い合わせフォームよりご連絡ください。


dav
七山のしだれ梅が開花しました。

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犬のマーキング行動の変化:縄張りから一点張りへと主張する犬たち

昨日のブログで犬のマーキングによる排泄が、自分の縄張りを主張する行動になっていることについてお話しました。
あわせて、その縄張りによって本来回避すべき社会的な衝突が、逆に回避できずに混乱を生じていることについてもふれました。

散歩中にマーキング排泄をさせてしまうと、散歩中に出会った犬と吠えあいになったりするため、マーキングをさせないようにしているのはこうした理由からです。

排泄の臭いを嗅げばお互いの力関係はわかりそうなのですが、自分の力以上にテリトリーを主張しなければいけない理由は、犬の性質によるものではありません。
確かに犬の性質も影響はします。前に出やすい気質、引っ込み気味の犬ではその主張は異なります。前に出やすい犬は主張が強く、散歩中の排泄マーキングも増えることでしょう。ただ、そのことが問題だといって犬の性格にして解決しないのはどうかといいたいのです。

排泄マーキングをして自己を主張するほど力もない犬なのに、散歩中や庭でマーキング行動をする犬がいます。当然力のないもののマーキングですので、他の犬にはばれています。社会的には歓迎されない行動です。

これらの犬はマーキングをした場で他の犬と出会うと緊張を伴います。
弱い犬ですから吠えたり、リードを思いっきり引っ張ったりするでしょう。
2本脚で飛び上がって興奮する犬もいるようです。

これらの犬のしている排泄マーキングは、一点張りのようなものです。
一点張り。
辞書では、反抗的な、不服従の、わがままな、いうことを聞かない、服従しないという意味もあるようです。

ふたつの意味で一点張りといいたいマーキングです。

ひとつの意味では、飼い主がいないとできない人の居場所を利用したマーキングです。
わかりやすくいうと「うちの母ちゃんは世界一強いし、わたしはその母ちゃんのスペースを自分のものにしているのよ。」という世界観です。飼い主のひざが自分の居場所の犬、飼い主がいないと他の犬には向き合えないような犬は、この飼い主を利用した一点張りマーキングをします。
これらの飼い主がいないと他の人に依存して同じように使うこともありますが、依存先を失うととても大人しい犬になります。犬は他の犬を人のように依存させる関係を作りにくいため(生後1ヶ月半の子犬までが完全依存)、犬は遠ざけ依存できる人を求めています。そして人のスペースを拠点に一点張りをするという犬は、たいへん増えています。

ふたつ目の一点張りは、その意味のとおり「不服従」です。服従はしない、つまりどこにも所属はしていない、ただ人に依存しているということで成り立つ行動です。
所属をするとそのグループの安全が一番大切です。自分を主張することよりもグループが安全に生活できることの方が重要なのです。その結果自分も安全に生活できるということになります。自分を主張しすぎ力にない行動をするのは、グループを不安定にさせます。ところがそもそも服従していないのでその行動を引き出すことができません。

服従という言葉に違和感を覚える方もいるかもしれません。
くり返しいいますが、自ら服従するというのは安全なグループに所属するということで、自ずとその中での役割も決まってきます。弱い動物は守られることはあっても、自分の臭いで自己主張することは許されない行動です。
それぞれに己を知ってその役割の中で活躍でき、生きる場を与えられているのです。
そしてグループで安全に安心して暮らしていくことができるイヌ科動物がもつ、良いシステムです。

この服従性さえも犬から奪われてしまったのでしょうか。

犬を服従させる必要はありません。
犬は自然と服従するのです。ただ飼い主にその質があって、その表現ができれば十分です。
多少のできそこない親分でも多めに見てくれます。本当に犬は寛容だと思います。

一点張りの犬たちの不安定な行動が、グループ力によって改善されることを願います。

dav

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犬のマーキングの理由:犬は尿と便で縄張りを主張する動物

イヌ科動物は臭いの世界に生きています。
犬が尿や便をする場所は犬のテリトリーと関連しています。
自分の排泄物の臭いをつけることで、自分の縄張り(テリトリー)を主張する習性を持ちます。

犬はイヌから人に飼われる犬となった今でも、この排泄行動によってなわばりを主張したり、自己主張したりする習性が根強く残っています。

ところで「縄張り」とは古くから犬の行動を表す言葉として使われてきました。

縄張りを辞書で調べるとこうあります。
・縄を張って境界を決めること

犬たちの排泄による縄張りの決め方を見ていると、まさに「臭いの縄」をはって境界線を決めているように見えます。80年前くらいまで日本では紐につながれることもなくにふらふらと生活していたときに犬を見ていた人々が「犬が縄張りをつくっている」と感じて表現するようになったのは、まさに的確な表現だといえます。

英語ではテリトリーといい本来は鳥の行動学者が用いた言葉ですが、犬についてもこの表現が行動学的には一番多いようです。日本語に訳すときは縄張りになっていますね。

犬が排泄行動で主張をする行動はマーキングといいます。
犬が他の、どのような形でも臭い付けをする場合はマーキングといいます。
排泄行動をマーキングというと、イメージするのは印をつけるという感じで縄張りをつくるというのでは少し印象が違います。

縄張りという言葉をもっと明確にしてみましょう。
さすがに自分が人として縄張りを主張しているのかといわれると否定したくなります。縄張りという言葉に勢力的な感じがしてしまうからでしょう。人が守っているのは自分の所有物である家と庭の境界線の中であって、散歩で移動する公共の場に縄張りをつくったりはしません。
人にとっての縄張りとは、まだ十分に自分の家になっていない空間で生活をしたり、ビジネス上のオレの島的なものが縄張りとして主張されるというイメージです。


犬は散歩で移動する際に熱心にマーキングによって縄張りをつくっていく犬がいます。
全ての犬ではありません。中には散歩中に全く排泄をしない犬もいるし、公園でしか排泄をしないという犬もいます。

犬にとっては家や庭が生活のテリトリーです。食べたり、寝たり、隠れたりする住処ですから、移動のときにするマーキングは他の目的を持ちます。

最大の目的はメス犬を確保するためのマーキングです。
オスのこの行動は大変強いためマーキングの回数も多いのですが、去勢手術をすると屋外マーキングの回数は激減することが多いのでホルモンによる行動だといえます。

ところが去勢手術をしている犬もメス犬も屋外マーキングをします。
排尿の脚の上げ方になると、高いものは遠くまで臭いを飛ばせるため有利です。
小さな犬も片脚をバレリーナのように上げて排尿を撒き散らす技を披露しているのをみかけることもあり、その意欲には頭が下がります。
メス犬もいまや半分くらいの犬が脚をあげて排尿しています。

なんとか自分の臭いを残そうと屋外マーキングをしている犬たちの目的は何でしょうか。
これは犬が社会的な動物であるということの表現方法でもあります。

移動の際に排泄でマーキングをすれば、自分がそこを通行して一定の縄張りを持っていることを他の犬に知らせることになります。
犬の場合にはテリトリーは重なりやすくなっているので、他の犬の臭いも嗅ぐことになります。


それが自分よりも優位な犬であるのか、もしくは弱い犬であるのかは犬たちにはすぐにわかるようです。たとえ高さで主張したとしても、やはり弱い犬の臭いは弱いようです。実際に嗅げないのでなんともいえませんが、犬たちの排泄の順番や行動を観察すると、排泄物を直接嗅がなくてもお互いの力加減というのはわかっているように思えます。

力というとすぐにケンカするためかと思われますが、そうではありません。

すべての動物は同種での攻撃性が高いのです。
犬は人よりも犬に対して攻撃したり逃げたりして、社会的な緊張が高いのです。

逆に考えるとだからこそ、同種間の攻撃をいかに回避してうまく生きていくかという術を見につける必要もあります。犬と犬の移動中のテリトリーが重なっていれば、緊張も高くなります。
回避するためには相手の情報をまず知っておき、自己主張が強くトラブルになりそうな場合にはその犬のテリトリーを歩きたがらないこともあるかもしれません。
安定したボス的な犬が近所の中にいたら、その存在を認めることでその地域は安定した犬の規律を持つ地域になるかもしれません。

脚を上げてする排尿がすべて自己主張というわけではないのです。社会的に安定した関係をもつ犬でも、同じ場所に排泄をします。
少し違いますがわかりやすい例でいうと、子犬はテリトリーを離れるということがほとんどありませんが、もしそうなった場合にはグループの管理犬の犬の排尿の後にしか排尿をしません。これは群れ全体を守る犬のルールです。
同じ理由での脚上げ排尿をしていることもあります。
同じような排尿なのでわかりにくいですが、前後の行動や管理犬の行動をみているとその違いも少しわかります。

といっても、数頭の犬の上にきちんと立てるような犬はあまりいません。
地域に1頭いたらいい程度でしたがこれは理にかなっています。
実際地域に1頭いたら十分なのでしょうが、今はそれ以上に少なくなっています。

犬の排泄マーキングがとても不安定になっている理由は他にもあります。
犬と犬は自由に行動しておらず、関係をつくることをも相手を認めることも苦手です。
自由行動ができず拘束され続ける生活が、犬のマーキングを異様にしているようにも感じます。

縄張りマーキングを重要視する犬は、生活のスペースである室内や庭の中心部では排泄行動をしません。犬によって個体差があり、中には室内は庭の中央で排泄をする犬もいます。

さらにテリトリーをつくる作業がくずれてきているからでしょうが、まれに屋外マーキングをするのに、室内でもマーキング排泄をする犬もいます。
屋外でも室内でもマーキングをするとなると不安定な行動です。
排泄行動以外の犬の行動をチェックするとその行動の意味もわかってきます。

犬の排泄行動は社会性を表現する方法でもあるため個体差があるのです。
だからこそ、排泄行動を通して犬を知る機会を得ることもできるということなのですが…。

別の理由でもマーキングは複雑化しています。つまり飼い主との関係性がマーキング行動を高める理由になっています。
この場合は縄張りというよりも一点張りです。これについては明日お話します。

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