秋らしい一日、わんげる・ミーティングという山歩きのクラスを開催しました。
十分に時間をかけて人と人、人と犬の関係性をつくっていくクラスなので、
ゆっくり、まったりと時間が流れていきます。
久しぶりに山深くはいって、思いっきり深く息をする時間をとれて
心も体も、なんだか少しきれいになった気持ちになります。
山歩きになれないころは、少し山を歩いただけで息切れがしていました。
オポとの山歩きをしなくなってから、歩く時間も回数も減ってしまったため、
山歩きができなくなってしまうのではないかという不安もありました。
定期的に山を歩くことで、自己調整力が戻ってくるので今のところ息ぎれもせずに上がれます。
どちらかというと、アスファルトの上を長時間歩くことの方が、ずっと足腰に響きます。
昼前、山の手入れ指導の方から「切るように」といわれていた杉と竹の数本を切り倒しました。
ホームセンターの1000円くらいのノコギリでの悪戦苦闘の作業でした。
どんなに小さな仕事でも、道具はやはり大切ですね。
気持ちのいい学びの一日だったのですが、気がかりなことがあると頭がスッキリしません。
気がかりなこととは「テラスのぞうり」のことです。
今朝、気づいたのですがテラスでいつも利用していたぞうりが見当たらないのです。
数日前までは使った記憶があるのに、いつから見当たらないのかもわからないのです。
みんなでいろいろと考えて最初に出た予測は「タヌキが持っていった」でした。
山歩きの最中も目を光らせていたのですが、結局見つかりませんでした。
1足だけなら動物だと思うのだけど、2足ともないっていうのはねとも思えます。
来られた方が間違えて履いて帰られたなら、その方の靴が残っているはずだし。
汚れていて価値もないようなぞうりが何かの役に立つとも思えないのですが、
もし何かの役に立ったというのであれば、それはそれで幸いだったと思います。
いろいろと話しているうち、自分でも記憶がはっきりとわからなくなり、
「もしかしたら自分がどこかに置き忘れているのかもしれない。」と思うようにもなりました。
人の記憶なんて曖昧で不確かなものだなと思い知らされた次第です。
どんなことでも、都合のよいようにしか覚えていないのでしょうが、
そうすることでした自分をまもることができないという時もあります。
とりあえず、どこかに置き忘れたという現実的な記憶にしておいて、
タヌキがもっていって使ってくれているというファンタジー説も残しておきます。
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熊本被災ペット支援ネットワーク
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