野生動物と「餌づけ」・「人づけ」
動物を人に慣れさせる方法として「餌づけ」という方法があります。野生動物に対する「餌づけ」法は、古い時代から使用されていたようですが、次第にその方法は「人づけ」という方法に変わっていきます。
人づけ法でチンパンジーと交流した女性
人づけにより野生動物との関係性を深める方法をいち早く実践していたのは、私の尊敬する師、ジェーングドール博士であると私は信じています。ジェーングドール博士は1960年からチンパンジーの研究のためにアフリカの奥地に暮らし、毎日チンパンジーの活動するテリトリーを訪れて観察を続けることでチンパンジーを理解しながら動物の警戒心をとき、チンパンジーとのコミュニケーションを実践した女史です。
京都大学名誉教授でゴリラ研究で著名な山極壽一博士によると、アフリカ大陸の内戦などの影響で一時研究が閉ざされていたのちに、山極博士がゴリラ研究を再開し始めたときにはすでに、「餌づけ」法から「人づけ」法に変わっていたと言われています。(※参考文献「僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう(文春新書発行)」
山極先生は、ジェーングドール博士をアフリカに派遣したリーキー氏がゴリラ研究を依頼したダイアン・フォッシーという女史に学んだということですから、人付け法はジェーングドール博士やダイアンフォッシー博士などの影響を強く受けている流れだと考えています。
餌づけが動物に与える影響について
餌づけは人に慣れていない動物を人に近づける簡単な方法ではありますが、それにより動物本来の生態に影響を与えてしまいます。また、餌づけによって動物が人に対する執着をするようになり、動物と人の関係性に強い影響を与えます。
執着によって引き起こされる影響とは、動物が人が好きになるといったファンタジーな話ではありません。
餌づけされた動物は人を感知すると食べ物を連想するようになり、ドーパミンを放出するようになります。
人が動物の興奮性や快楽性を操作する刺激となってしまうため人に依存する関係になります。
野生動物の習性を知るために動物を観察することが目的の類人猿の研究にとって、餌付け法は効果がないばかりでなくデメリットが多い。
時間がかかっても確実にその動物の習性や知性を引き出すことのできる人付け法が効果が高いということを、ジェーングドール博士やダイアンフォッシー博士らの研究者が実践したのではないでしょうか。
それに、研究結果として得られた内容よりも素晴らしいことは、博士たちがチンパンジーやゴリラとうちとけていったひとつひとつの出来事を生んだ過程にあったはずです。
逆を言えば、チンパンジーやゴリラといった野生動物にとって人という動物がどのように認識されていくかを考えるとどちらが歴史的に重要であるかの答えは簡単です。
犬と餌づけの話
犬は野生動物ではなく人に飼われる動物です。少なくとも日本では、人に飼われていない犬の存在は許されていません。それは狂犬病予防法という法律によって、すべての犬は人の管理下にあることを法律で定められているからです。
ところが犬の中には、ノヤギならぬ野犬(やけん)という犬がいて、人の手を離れて暮らす犬が、里や山や都市空間の中にもいます。
野犬には現在でも多くの餌やり活動をする人間がいて、餌付けによって生活をしています。
餌づけは野犬を生かすためだけでなく、野犬を捕獲する方法のひとつとしても用いられています。
ですが餌付けはコミュニケーションの方法ではありません。
人に近づいてきたところを捕獲するためのひとつの方法です。
餌づけによって犬が人に馴れることはありません。
距離が縮まるということと信頼関係を作ることは全く別のことです。
犬との信頼関係をつくるために食べ物は必要ありません。
必要なのは観察、時間、環境、継続、熱意。
そして仲間も大切な存在です。