数日前に博多で緊急のお預かりなど数件が重なり、博多から唐津市の山まで犬たちを移動させることとなりました。
窮屈な都心のマンションから抜け出してきれいな空気の流れる七山のオポハウスに到着した犬たちは、移動中のクレートから出た瞬間に「アレ」という体の動きになります。
今までに自然の中で過ごした経験のある犬ほど、到着が昼であれ夜であれ鼻を高めにキープして山の空気を鼻いっぱいに吸い込みます。
「山だ」と感じているように私には見えています。
そしてどの犬も確実に違うと思うのは「目の表情」です。
目の表情というと抽象的な表現になりますが、瞳の輝きというとより具体的でしょうか。
自然の環境の中に入ってそれを受け取った犬は、目が全く違ったものになってしまいます。
犬と共に山歩きなど自然体験を重ねる飼い主さんの中には、犬が山に来ると楽しそうにしていると感じられるからなのかもしれません。
その中には犬の目の表情が家で見るのとは全く違うと思う方もいるかもしれません。
犬の目が澄んで輝きを増しているときに、犬の脳の中にも何らかの変化が起きているのではないかということを推測します。
実際に犬の脳を開けてみることはできないので、題目にも“はず”という期待を込めた表現になりました。
犬の視覚は人と同じではありませんし、犬の視覚は犬の嗅覚に比べると感覚野としての情報源は少ないのです。
だから犬が何かを見てその目を輝かせているというよりは、犬の嗅覚や触覚などすべての感覚を通して得られた情報から犬の脳が活性化し、それが結果として目を開かせるという状態となっているのだというのが私の個人的な見方です。
山にきた犬の目の表情が変わるのを見るとき、コンクリートやアスファルトに囲まれた都会の空間の中で死に果てている犬の脳が、土や木や草がある山という空間の中で生き返ることを確信できるのです。
そして、ああよかった、この犬の脳と心はまだ生きていると思えるうれしい時間でもあります。
老朽化したオポハウスのリフォームは続きます。
犬たちの時間を取り戻すためにまだまだ頑張ります。