犬を叱ったら逆に吠えたりとびついてきたり、ひどいときには咬みついてきたりするというご相談を受けることがあります。いわゆる逆切れという状態です。
● ほめてしつけるトレーニングだったら犬を叱る必要はないの?
ルールに違反したら間違いを指摘することや、興奮しそうになるときにそれを抑えることは犬の成長過程では大切なことです。ほめてしつけるトレーニングにもいろいろあって、その中には犬に間違いをさせないから叱る必要もないというものもあります。これもドッグトレーニング技法のひとつの考え方ではあると思います。しかしこれは成長や発達を促すトレーニングとはいえません。
叱ることなくほめるたりオヤツのごほうびを与えるだけのトレーニングは、完全管理しているので犬は失敗しないということです。がんじがらめの生活です。たとえば動物園の動物がときどき芸を披露するイベントがあります。海洋動物や哺乳動物もオペラント条件付けで強化すれば特定の芸を覚えます。しかし芸を披露したあとはまた完全管理の檻の中に閉じ込められます。動物園の動物は叱られることはありません。
叱るというのは、犬との関係を作る上で大切なことです。特に犬が成長の過程の中ではこうした行為が必要になるからこそ、「いつどのように叱るのか」という飼い主としての姿勢を身につけておくことも同時に大事なことなのです。
● 叱ったら犬が吠えたり咬みついたり来るのは理由がある
犬をきちんと育てるというと漠然としていますが、要するにルールをきちんと教えていきましょうねということです。そのルールを破ろうとしたときには「いけない」という意味で叱る必要があります。もちろん、このルールの導入は、犬に安全でストレスのない生活環境が与えられていることが前提での話しです。犬がサークルやケイジに閉じ込められて長時間の留守番を強いられ、必要なコミュニケーションが与えられていないような環境では、犬にルールを導入することすらできないことは前提の上での生活ルールの導入です。
犬と人の暮らしに導入する生活のルールや関係性のルールはご家庭によって様々だと思います。その中で、どなたにも導入していただきたい簡単なルールを例にあげて説明します。そのルールとは「テーブルに手(脚)をかけない」というルールです。
犬がテーブルに脚をのせようとしたときは「イケナイ」といって叱る必要があります。叱る言葉はどんな言葉でもいいのですが、自分が安定して用いられる言葉を使ってください。いつも同じものでなくても構いません。ただ名前を呼ぶだけでは意味を伝えることにはなりませんし、名前を強い口調で呼ばれることはプレッシャーがかかりすぎます。自分の名前を大声で呼ばれるよりは、イケナイといわれることの方が犬にはダメージが少ないのです。
まずこれで叱る言葉という道具が必要なことを理解できたでしょうか。ですがこれがなかなか上手くいかないようです。つまり、ブログの題名にあるとおり、叱ってもすぐに同じことをくり返すとか、叱るとワンワン吠える、叱ると部屋の中を走り回る、叱ると牙(歯)をあててくるといった反撃を受けてしまうことがあります。理由はふたつあります。まず理解できないという理由です。犬に何がイケナイのかを理解させるためには「叱るタイミング」が大切だからです。
犬がテーブルに脚をかけそうになった瞬間をつかみ「イケナイ」とうまく言えば、犬は「何がイケナイのか」を理解します。ここでは、その瞬間にというのが叱り方の最初のポイントです。犬の理解力によっては、脚をかけた後に「イケナイ」といってもわかりそうなことですが、ここは動物として何がイケナイのかを伝えるためには、まさにテーブルに脚をかけそうになる、つまり飛びあがった瞬間でテーブルに脚をかける前の瞬間に「イケナイ」の声を出してください。このタイミングを逃すと多くの犬には何がイケナイのかの理解に時間がかかります。どんな失敗も学習経験になってしまうからです。
本来の犬の状態なら何度「イケナイ」をくり返せばわかるかということですが、おそらく1回もしくは2回程度です。それ以上くり返さないと理解できないのであれば、他の生活改善ももう一度見直す必要があります。犬は飼い主の叱責を理解できずそれをストレスを感じるとワンワンと吠えたり走り回ったりすることもあります。もちろん、同じイケナイ行動をなんども繰り返します。ストレスが強い状態におかれている犬は社会的なコミュニケーション力が低いのです。人も同じなのでここは相似している部分ですから理解しやすいところです。
● 飼い主の状態が犬に影響を与えること
犬を叱ると逆に反撃されてしまうもう一つの理由は、その叱り方は感情的であるときです。叱る側の飼い主の方が興奮して叱るというよりも怒りになり攻撃的になってしまっているときです。こういうときには犬はこれを受け取りません。攻撃には攻撃や防衛をというのは動物のナチュラルな反応だからです。犬は軽い防衛のポーズをとったり、叱った飼い主に吠えたり、ときにはいきなりとびついて牙をあてることもあります。
犬を叱っている飼い主が感情的であるかどうかを最も知っているのは犬の方です。犬は人が思っている以上に相手の状態を把握する力があります。たとえば、仕事のときの外出では吠えない犬がプライベートのお出かけのときには後追いをするといったことも、なぜわかるのだろうという犬の理解力です。
特に飼い主がイライラとしている軽い攻撃モードに入る感情を持つことをすぐに察知します。なぜならその飼い主にはその臭いがするからです。感情の高まりは見えない心の問題でなく、動物のホルモンの状態を変化させます。攻撃をするためにはそれに必要なホルモンがありますから、その放出量が上がってきます。犬が最も敏感に察知する臭いです。
そんなにイライラしていないよと思ってもそうではない飼い主側の状態があります。仕事で疲れている、処理していない問題を抱えている、家族は夫婦間の折り合いが悪い、子どものことで悩んでいる、近所の人から不快なことをいわれた、テレビで不安になるニュースを見たなど、人もいつもストレスにさらされているのです。
このストレス社会の中で、人の方がリラックス状態を保てずにいることがあります。そのストレス状態にさらされている飼い主が、普段から問題行動を起こす犬のルール違反に対して必要以上の感情が上昇してしまることがあります。そして結局この叱る行為によって犬は興奮し、再び飼い主はストレスを受けることになります。全くの悪循環です。
いろんな事情はあるかもしれませんが、まず飼い主の方が自分の毎日の心身を健康に保つことに戻ります。まず、自分が安定した状態であること、そして、犬にも安定した生活ができるような環境を整えることです。その上で生活のルールを決めること、そして生活のルールを伝えること、その中に叱るという行為が登場します。
犬を育てること、犬のしつけ、犬のトレーニングなど、犬との関係性を築いていくどんなときにも自分(飼い主)が犬に与えている影響について考える視点を持つ事がこの問題の解決のポイントです。いいかえれば、犬にとって飼い主はそれだけ重要な存在であるということなので、謙虚にまた楽しく犬から学びたいものです。
戦国の武将、武田信玄の格言にもこんなものがあるそうです。「組織はまず管理者が自分を管理せよ」。犬と人のグループは仲良しグループではないのです。毎日危険と戦いながら安全を確保し、そして楽しく暮らす家族というひとつの組織です。犬を家族とするグループの武将として襟をただしていきましょう。