昨日のブログで犬の興奮度の高さを、活発な活動性と間違えてしまうことがあるということをご紹介しました。
犬と人は動物としては哺乳類という点で一致していますが、種としては別のものなので同じような精神的な状態を持っているのかどうかはわかりません。
犬は人とは違う動物だというのは事実です。犬が犬という種として備えているものを見る必要があります。
犬は同種が集まってひとつの群れを形成し、その群れを維持ししてくために高い社会性を身につけている種であることは、犬の行動観察をする中でわかってきています。犬という動物は人が飼育するものだと思われていますが、それは世界中ではごく一部です。この話についてはまた後日ここで紹介していきます。
とにかく、犬は高い社会性によって群れを維持していくことができ、その高い社会性を保っているのが犬の社会的なコミュニケーョン術なのです。犬が群れを維持するためには、自分の状態を「群れ」にすぐに伝達する必要があります。
興奮しているのか、緊張しているのか、危険が迫っているのか、、いろいろです。そして群れを長く維持させていくために、お互いの過度な興奮や緊張は、互いに抑制しあって爆発しないように、良い影響を与えられるようになっています。それは、成犬が子犬の過剰な興奮を抑えるという形で行われることもあるし、1頭の犬が逃走しようとする状態に入ると、その犬の危険を察知して攻撃して押さえ込もうとする行動が生じるなど、様々な社会的コミュニケーションとして発達していきます。
これらの興奮、不安、緊張といったバランスの崩れは、群れの仲間によってなだめられ、抑制されるばかりではありません。犬の成長にとって最も大切なのは、自ら抑制、つまり自制をする力が育っているかどうかということです。未熟な動物は自制の力が育っていません。自制力の発達には時間がかかります。一日にして出来上がるわけではなく、抑えるという経験を重ねながら、自制というのを自ら育てていくのです。
ここで書いている犬の自制は、人との距離をとってイヌという動物だけの群れで生きていく場合には、絶対に必要なことです。たとえば、関心のあるものを見つけたとします。そのときに、急に走り出したり興奮したりすれば、事故にあって怪我をしたり命を落とすことにもなりかねません。自然界ではそうした動物は生き残れません。そのため自然淘汰という形で、自制の育ちやすいイヌたちが生き残ってくるということになります。このしくみは、わかりやすいですね。
ところが、人が繁殖したり飼育している犬は違います。自制ができなくても限られたスペースの中やリードで拘束された状態で自ら興奮を抑えるのではなく、物理的な道具によって管理されることで危険から守られているのです。道路の向こう側に他の犬を見てリードを引っ張りながら2本脚で立ち上がって吠えている犬がいるとします。飼い主さんは「リードがなくなったらどうするのだろう」と思われるかもしれません。この犬には自制というブレーキはついていませんので、リードが切れてしまったら車通りの道路をそのまま走る可能性がとても高いです。実際にはこうした交通事故も多いのです。
人の飼育管理下で犬に自制を育てていくのは大変なことです。決してできないとはいいません。ただとても時間を必要とすると共に、飼い主の犬への理解と対等な態度が要求されるのです。
特に人為的繁殖によって幼稚性を高められた犬や、人の接し方によって未熟性を備えたまま2才、3才になってしまった犬には、とても時間のかかることです。
それでも、犬にとってどちらが毎日を過ごしやすく豊かに生きていけるかというと、自制のできる動物ではないでしょうか。常に誰かに自分の行動や気持ちをコントロールしてもらわらなければいけない状態で日々を生きていくということを考えたとき、自分であったらどんなに不安できつい毎日になるだろうかと思ってしまいます。不安や緊張といったネガティブな感情だけではありません。自制のできない動物にとっては、喜びや楽しみといったものも他に依存してしまうことになります。犬たちにもっと自由な世界で生きてほしいと思うのです。
今までそんなことを考えたことはなかったけど、なんとなくわかるような気がするという飼い主さんの犬は、きっと飼い主さんを喜ばせることができる、とてもよくいうことを聞く利口な犬なのかもしれません。飼い主さんを喜ばせているのは、もしかしたら犬の自制が発達する環境が整わずに、飼い主の喜びが自分の喜びになっているからかもしれません。
犬の自制についてのはなしは、すぐにはわかりにくいものです。すぐに自制のできる犬に変えることができないため、自制できる犬と接するという機会を得られにくいからです。こうしてブログで紹介しても、なかなか伝わりにくいということは覚悟しています。また、変わった考え方だなと思われるかたもいらっしゃるでしょう。きっと、変わった考え方なのです。ですが、そんな考え方や犬とのつきあい方もあってもいいと思います。飼い主さんには選択権があります。今の日本の法律の中では、犬には残念ながら選択権は与えられていません。犬だったらどう思うだろう、自分が犬だったらどう生きたいだろう。いつもいつも考えています。これからもまだ悩み続けたいと思います。