預かりクラス利用中の犬が、昼に放送される音楽にあわせて遠吠えをしたので、久しぶりに生遠吠えをききました。七山の里山の地域の犬の中には、昼のこの音楽にあわせて遠吠えをする犬がいましたが、最近引っ越してしまい、しばらく聞くことがありませんでした。
しかも、預かりクラス利用中の犬もなんどもこの音をここで聞いたはずなのに、今までは一度も遠吠えをしたことがなかったため、予期せぬことでビックリしました。
予期せぬことというのは、すべての犬が遠吠えをするわけではないからです。
遠吠えをしない犬は、生涯この吠え方をすることはありません。
そのため、あれ君も遠吠えするのね~と思ったのです。
遠吠えを聞いたことがありますか?
遠吠えとは、「うぉーーーーーん、うぉーーーーん」という非常に長くて少し高めの音を出し続ける音のコミュニケーションです。イヌ科動物の中でもっとも鮮明にこのコミュニケーションの機能を発揮しているのはオオカミです。オオカミに続いてイヌです。
イヌといっても、私たちの生活する環境の中に存在するのは家イヌ、つまり「犬」なので、その犬たちはオオカミのような見事な遠吠えをすることはありません。そして、その遠吠えは、コミュニケーションというよりも、遠吠えの際に出される音のピッチや長さが同じようなものであればその音に「共鳴」というシステムで反応してしまいます。そのためこのとき犬に「遠吠えでコミュニケーションをとる意志」はありません。この共鳴システムですが、他の音のコミュニケーションでは使われないのに、遠吠えのときだけは共鳴して行動が出るのは不思議なことです。
とても気に入っている写真があります。オオカミのグループが円陣を組み、互いに顔を向け合って立ったまま顔をあげて遠吠えをしているというものです。私が今までに見たオオカミの遠吠えはほとんどが立ったままで行うというものでした。犬は座ったまま、伏せたままでも遠吠えをしているのを見たことがあります。オオカミと犬では遠吠えの中に含まれる意味合いが異なるでしょう。
声質もずい分違います。家犬はオオカミのように高低のある音を使いこなせていないこともあります。もしくは顔や形の変形により、そもそも音がきちんと出ないようになってきている傾向が強いです。オオカミの遠吠えのCDをたまに聴くことがありますが、オルゴールの音への共鳴反応とは違い、静寂の中にひびく豊かな音として心に染み入ります。
救急車やオルゴール、車の宣伝の音などで反応してしまう犬の遠吠え。
意味のないコミュニケーションだとしても、動物として生きてきた時代の名残を感じます。
今回遠吠えした犬くんも、「うぉーー」あれ、なんで声が出る、という感じで途中でやめてしまい、再び「うぉーーー」あれれ、自分の意志とはちがって声が出るよ、という感じでいちいち戸惑うように首をかしげながらやめようとしているけど止められないという表情と行動がとても可愛らしく感じました。そしてそれを見ている私に対して、なにやら恥ずかしそうに顔を背けてなかったことにしようとしている落ち着かせ行動も見逃せません。そうね。犬がイヌであることを忘れようとしても、その中に流れる血がイヌであることを思い出そうとしているのかもしれないね。
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