グッドボーイハートは人と犬が共に成長して調和することを目指すドッグトレーニング・ヒーリングスクールです。

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集合住宅で犬を飼うことを考える

博多では夜というのにヘリコプターのプロペラの音が物々しく響いています。

駅前の陥没、大変な人災ですが怪我をされた方がいなかったことだけは救いです。
近くの集合住宅に住んでいる動物たちも飼い主と共に避難することになるでしょう。
一刻も早い復旧を願ってやみません。

昨日のブログでも紹介したとおり、集合住宅で動物と暮らす人が増えています。

一昔前、私が大学生くらいまでは、「庭がないと犬は飼えない」というのが常識でした。
はっきりと覚えがないのですが、ほんの30年くらい前まではそのような価値観であったと記憶しています。
集合住宅はペット不可が当たり前。集合住宅に住んだら犬は飼えないという価値観でした。

ところが、純血種の小型犬を飼うことがブームになり、これに応じるように集合住宅でもペットの飼育が可能と宣伝するペット可集合住宅の販売が急増しました。
これを期にマンション購入を決めた方も多いことと思います。また、ペット不可からペット可集合住宅へ移られた方も多いのではないでしょうか。「庭がなくても犬は飼える」という新しい価値観が生まれたことで、犬の生活は今までとは少し様子をかえていきます。

本当は犬と暮らしたかったけどあきらめていた人たちが、集合住宅でも犬と暮らせることを実現し、喜びを得られたことも確かなことです。
実際にたくさんの方が、集合住宅暮らしで犬と楽しく生活していらっしゃると思います。


今回は、私が集合住宅で犬と暮らした経験を通して学んだことについてお話します。
これは、あくまで個人的な価値観の変化であって、一般的な価値観ではないことを
はじめにお断りしておきます。
そうであったとしても、自分にとっては大きな気づきとなったことは確かなことです。

犬をどのような環境で飼うのかということについては、犬を飼うときに誰もが考えなければいけないことです。外で飼うのか、室内で飼うのかもそのひとつです。

ただ、自分では容易に変えることのできない元の環境があります。
それが「戸建て」で飼うのか、それとも「集合住宅」かということです。

犬を飼う前にこれらの選択ができればいいのでしょうが、そうもいきません。
土台となる家ですから、簡単に変えることもできません。

私が犬のオポを迎えたのは、17年前、福岡の集合住宅に生活していたときです。
ペット系専門学校の講師として勤務していたため、職場に犬を同伴させられるから、犬を留守番をさせる必要がないという単純な発想で、犬を飼うことを決めました。

七山の自然環境に引っ越したのは、共に暮らしていた犬のオポが7歳のときです。
つまり、オポは7歳までは、都会の庭のない集合住宅で私と暮らしていたのです。

オポが生後3ヶ月まで母犬と共に過ごしていた家庭には、家の周囲に囲いのある広い庭があったようです。
私が迎えたときに庭のない空間となり、その不安定な空間に犬も戸惑ったことでしょう。

結論から先に述べると、今は集合住宅で犬を飼うことを選択しません。

なぜ、あのときに集合住宅で犬を飼えると思ったのかというと、
集合住宅で犬を飼うことは、「きちんとやればできること」と思っていたのです。
集合住宅では犬は飼わないと思っていた価値観が、一気に崩れた時でした。

集合住宅でも犬を飼っている人もいるという事実。
そして、自分も犬を迎えたいという欲求が重なり、きちんと育てれば集合住宅でも犬が飼えると思ってしまったのです。
犬をきちんと飼うということは人に迷惑をかけず飼うことであり、自分にはそれができると思ったからです。
少なくとも犬の専門家であり、トレーニングの術も身に付けています。

実際、しつけという意味ではオポは全く問題のない「おりこうな犬」でした。
吠えることもない、リードを引っ張ることもない、とびつくこともない、
家具をかじったこともない、盗み食いもしない、来客には礼儀正しくという犬でした。
隣室の友人宅へはよく遊びにいき、同じ住宅の知人にもよく声をかけられかわいがっていただきました。
私が決めたルールをきちんと守り、健やかに成長していると思っていました。
安定した基盤を提供できていたかなと思っていたのです。

気がかりなことは、時間のあるときに山歩きにいったり、山に住む友人を訪ねたときのオポの表情が、日常で見ているオポとは明らかに違っていたことです。
表情だけでなく、体の動き、輝き、全く違う動物だと感じていました。
結局「いつか山に暮らそうね。」が、約束となっていたのです。
その約束が少し遅れたけど、オポが7歳のときにやっと果たせたというだけのことです。

集合住宅での犬と暮らすことは「人に迷惑をかけずに犬を飼う」という意味では、達成可能だと思います。
犬は飼い主を思いやって、もしくはトレーニングのテクニックによって、飼い主に迷惑をかけずにお利口さんになってくれるでしょう。

ですが、犬という動物としての発達や成長は、自然とのかかわりが影響します。
これらを、都会の集合住宅で実現することは無理なことです。
だから、今は集合住宅や都心で犬を飼うことを自分は選択しません。
でも、人がその環境で犬と暮らしていることを否定はしません。
なぜなら、自分もそうしていた時期があったからです。
だから、どんな人にも犬と学ぶ場所は、どこからスタートしても良いのだと思っています。
犬と学ぶ、犬に学ぶことさえ続けていけば、いつか何かが変わっていくかもしれません。そんな希望がいっぱいあるのです。

先日、知人から借りた古武術の講師の本の中に、自分が生きる意味は「人としての自然とのかかわりを知ること」であるようなことが書いてありました。
犬がそんなことを思っているとはいいませんが、意味を問われて応えられなくても
体が求めていることを求めることと、同じような気がしています。

少し寒くなってきました。小さな犬には厳しい季節ですね。
七山校のぞうりはキツネが持っていったことになっています。
山の動物たちはなんだかワサワサとしています。

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