寒波でご心配いただいておりますが今のところ福岡近郊をウロウロしています。
しかし週末にはあの山に向かって走る予定なのでまたインスタグラムでご紹介します。
先日のすごい勢いで書いたトイレ問題のブログ記事を少し整理しておきます。
都心の犬の排泄に嫌悪感を示す地域住民と、犬のことを思う飼い主側とのトラブル。
解決の方向に向けて動けるのは人間だけ、しかし犬の排泄場所を指定されるとなると犬自身にとっても重要な問題です。
前回のブログ記事で問題として指摘したかったのは「環境に問題がある」ということです。
その環境とは都市環境の構成の在り方ですが、すでに作られてしまった住宅地や都市空間を今さら変えるということもできません。
すぐに変えられるのは自分の敷地の中のことだけです。
その自分の敷地すら集合住宅の中にあるとなると規則が多くどうしようもないということになります。
一時あった犬と暮らす人だけが一緒に集まって住むような「ペット可」ではない「ペット重要視」マンションも上手くはいきませんでした。
犬との暮らしといっても価値観は人ぞれぞれです。
同じマンションに住んでいるからといって親しい関わりをすべての人は求めてはいないようで、近すぎる距離間の中ではプライベートを重要にしたいというのが都心の方の本音ではないでしょうか。
となるとマンションの中には犬が好きな人と犬が嫌いな人がいる。
さらに犬を飼う人同士の間にも価値観の違いがあるとなっていきどんどん分かれてしまうのです。
マンション内の自分の敷地も上手く使えないというのが実情といったところでしょう。
となると問題の解決方法はひとつ。
環境が足りないならなんらかの方法で足すしかありません。
その足算とは今ある敷地以外に使える場所を持つということです。
都心の方はこの考えでドッグランに出向くのかなと思います。
ドッグランなら犬をリードから解放できる…と誰もが単純に思ってしまいます。
うちのダンナくんも私と出会っていないくて犬を飼っていたら
「間違いなくドッグランに犬を連れていってリードを外した」と断言します。
犬は走り回りたい場所を必要としているのではなく、生活空間の延長となる場所を自然の中に必要としていると考えると、ドッグランという交流の場ではない自然な空間を選択されるのではないかなと思います。
そこで考えるのが自然の残っている人の立ち入らなくなった田舎です。
昔は人が住んでいた日本の田舎。
今ではすむ人もなくさびれて荒れ果てています。
犬たちを休ませながら人が手入れをすれば、荒れ果てた山も生き返り、山が生き返ると海も豊富になってくると思うのです。
問題になるのは都心と田舎の行き来に時間がかかることです。
道路問題がもっと整備されれば、交通事情がもっと変われば、
犬にもうひとつの空間を準備することなど大したことではないと思います。
田舎の土地の値段はびっくりするほど安いのだけど、そこに移動するためにかかる時間のために敬遠されてしまいます。
さらに敬遠される理由はその土地が整備されていないからです。
土地を整備して家をリフォームしてと考えるとたくさんの資金が必要になります。
常套句ですが、宝くじでも当たったら「犬との暮らしを新しくする基金」として使いたいくらいです。
でも少しだけここに風が吹いているような気がするのです。
そうです。コロナ禍で広まったテレワークという働き方なのです。
都会ではなくても仕事はできるじゃないかと動き出している人たちがいます。
都心はウイルスで危機的な状況になっています。
それが日本の国全体の危機を招いているように感じてしまうのは、あまりにも一極集中にしすぎた都市の作り方ではないかと。
そろそろ分散が必要になってきたこの波に、若い飼い主さんこそぜひ乗って下さい。
私は旅行は好きじゃなくて、犬と過ごすことが大好きですというなら、
今ある都心の空間とはすごく離れた場所に居心地の良い場所を確保するというのもひとつの生き方改善です。
その方向性なら犬の賛同も得られそうです。
しかし人間の生涯も80年のうちに自律して活動できるとなると30年くらいと案外短いものです。
犬の生涯はもっと短く即決しなければいけないこともまた多しです。
なんだかムズムズしますが、結論としては自然で過ごす時間を増やして下さいと、そいういうことに行きつきます。