犬のトレーニングからはなかなか「ごほうびと罰」を切り離すことはできません。
動物の学習には、その多くの場面で「ごほうびと罰」が存在してしまいます。
ただ、多少切り離して考える必要のある側面があります。
たとえば、認めるという行為や気持ちは、行動を強化させるトレーニングでのごほうびとは切り離す必要があります。
さらに、叱るという行為や気持ちは、行動を抑える罰としての使用とは異なると考える必要があります。
認めるとか、叱るという行為や気持ちの実現には、体罰は必要ありません。
叱る行為には相手を脅かす必要はありません。
犬に大きな声を出さなければ受け取れないような状況にあるなら、
その犬はかなり興奮していて、不安定な状態にあるといえるのです。
さて、今日は食べ物のごほうびについて考えを集中してお話しします。
犬に食べ物のごほうびを使わずに生活のルールを教えることはできるか?
答えはできます。
ただ、これにはそれを実現する環境が必要です。
整えるべき環境には次のようなものがあります。
遺伝的に健康であること
犬の発育・発達を促せる環境であること
人が犬に対して、犬という動物として接触できること
これらの環境と発達する環境を整えること、世話をする人という動物との関係性が犬の行動に重要な影響を与えることは、いうまでもありません。
実は、以前盲導犬育成施設に勤務していたさいに、パピーウォーカーの指導の業務を担当してことがあります。
パピーウォーカーとは、盲導犬候補生である子犬を生後2ヶ月から1才までご家庭で飼育してくださるボランティアさんのことをいいます。
このパピーウォーカー制度がないと、盲導犬育成事業はなりたたない上に、パピーウォーカーは毎日犬のお世話をするという大変な仕事です。
パピーウォーカーはただ子犬に食べ物を与えて散歩に連れ出すだけではありません。
犬は生後1才までの飼育環境が、その犬の性質や心身、脳の発達にも重要な時期です。
パピーウォーカーには様々なルールをお願いします。
その中に、子犬に対して生活のルールを教えていくということも入っています。
日常生活で必要なルールを、パピーウォーカーさんには食べ物を使わずに教えていただいていました。
覚えることよりも、食べ物を報酬に使わずに伝える方法や過程が、のちにその犬が盲導犬として働くための訓練を受ける上で重要な基盤になっていきます。
食べ物を報酬に使わずに、犬にルールを伝えていく、犬に協力を要請するからには、それなりの関係を築く必要があるのです。
さて先日、本の紹介をかねて、京都大学霊長類研究所の松沢哲郎先生の「想像するちから」をご紹介しました。
ブログ記事はこちらから→ヒト科ヒト属ヒトとして:松沢哲郎氏著書「想像するちから」
松沢哲郎先生は本著の中で、このように述べられていました。
チンパンジーの実験には、チンパンジーができたら食べ物が出てくるという方法をとらえている。しかし、チンパンジーが実験者との信頼関係を築くと、食べ物がなくても実験に協力してくれるというものでした。
チンパンジーのアイとその子どものアユムの研究について、講演で使用したビデオで実験の様子を見ることができます。さらに松沢先生自身が行っているそのチンパンジーのテストを重ねる実験で、チンパンジーたちが食べ物の報酬がないのに、行動をする様子が映し出されています。
その動画はこちらでご覧ください。
米国科学会の講演ビデオ「アイとアユム」を公開しました。
それにしても、動画に出てくるチンパンジーの記憶能力はすごいものですね。自分が同じことができるようになるために、どのくらいの時間がかかるのか、もしくはできないのではないかとも思います。
動物の能力やコミュニケーションの欲求を、表面的なものだけで見てしまうことは、もったいないことです。
犬という動物の能力や可能性を考えるとき、できる限り食べ物の報酬を用いずに、関係を築きながら共有する生活空間のルールを教えていただきたいと思います。
何からはじめなければいけないのかと、混乱されるかもしれません。
まずは、よく犬を観察して犬のコミュニケーションを理解しましょう。
このことなくしては、その先はありません。
千里の道も一歩からということです。