グッドボーイハートは人と犬が共に成長して調和することを目指すドッグトレーニング・ヒーリングスクールです。

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<犬のこと>犬のとびつきというジャブを受け続ける飼い主

犬の絶対に止めさせて欲しい行動のひとつ、それが「とびつき行動」です。

止めさせてほしい理由はいたってシンプルなのですが、とびつき行動は興奮行動だからです。

犬が勝手に上下に飛び上がる行動も興奮行動ですが、もっと質の悪いのは飼い主に前脚を当てるようにしながらする飛びつきです。

場合によってはそのまま犬が体重を飼い主にかけたまま立ち上がっていることもあるのですがこちらも容認できません。

不安定な行動を飼い主が維持するという依存のスタイルだからです。

いろいろある飛びつきの中でも今日お伝えしたいとびつき行動は「ジャンプしながら前脚を飼い主に当てる」というとびつきのパターンです。

ジャンプしては飼い主に前脚を少しかけ、再びジャンプしては前脚を少しかけます。

そしてぐるっと部屋の中を走りながら助走をつけて間合いをみながら三度飼い主にジャンプします。

トレーニングクラスではよく見かける光景なので動画を撮りたい衝動に駆られるのですが、あまりにも質の悪い行動なのでネットで公開するには気が引けてしまい動画は動作確認をしたらすぐに削除しています。

似たような行動はネットでもよく見られるので探してみてください。

もしくは「うちの犬が同じことをしている」のであれば、日常的に確認できますね。

このとびつき行動は犬が興奮しているときに行う行動です。

このとびつきのパターンの場合は、興奮行動であるだけでなく攻撃行動にもなっています。

ほとんどの飼い主がこの行動をこのように説明します。

「遊んでといってとびついてくる」

「かまってほしいといってとびついてくる」

「こっちを見てといってとびついてくる」

さらに

「私のことが大好きだといってとびついてくる」

最後のコメントになるとさすがに我が子に盲目になっている飼い主のコトバになりますからみなさん自重しましょう。


これらの飼い主の行動分析ですが、全くずれているわけではありません。

要するに犬は「要求」をしているわけです。

遊べ、構え、こっちを見る、もしくはあっちへ行けとかいうことを聞けといった感じです。

犬側の要求ですが、要求するだけならわんわんで十分ではないかと思うのです。

飼い主に対するとびつき行動をするとなると、軽く体をつつきながらの要求ということになります。

軽く飼い主をつついて「金よこせ」

軽く飼い主をつついて「おやつよこせ」

軽く飼い主をつついて「俺を膝の上に乗せろ」

軽く飼い主をつついて「散歩につれてけ」

何か思い当たることはないでしょうか。


小型犬の飛びつく行動をかわいいと思う飼い主が多くこの説明が難しかったので、こういうとわかりやすいかと思いお伝えします。

犬の飛びつき行動でジャブ受けてますけど…隙だらけですよと。

男性なら多少なりとも格闘技に興味を持たれたことがあるでしょう。

ジャブを受け続ける自分というのが軽く想像できるらしく結構納得してもらえます。

飼い主が受け続けるこのジャブですが、当然のことながらKOへの道を歩いていますので場合によっては噛みつきになります。

普段から犬のとびつきというジャブを受け続け、犬の方は毎日繰り返しジャブをうってタイミングを見計らっているわけですから、かみつき行動に転じるのは何も不思議なことではありません。

飼い主が女性の場合には、このジャブは要求から甘えに転じるジャブに切り替わります。

甘えの対象となる飼い主を遠ざけてしまうのは依存に陥っている犬にとっては不利益なことです。

飼い主を有効活用して要求を通し続けるためのとびつきというジャブを使い続けるでしょう。

その犬のとびつき行動、結果として犬は不安定な状態だというお知らせなのです。

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<犬のこと>吠えたり噛みついたり飛び跳ねたり騒がない犬になるためには

吠えたり、噛みついたり、飛び跳ねたり、騒がない犬にならないようにしたいと飼い主なら思います。

すでになっている場合には、そうならない犬にしたいと飼い主なら思うでしょう。

否定ばかりになりましたが、要は落ち着いた犬になるためにはどうすればいいのかということです。

犬の吠える、噛みつく、興奮する、騒ぐ、といった問題を解決するための方法がしつけだと思われています。

間違ってはいないのですが、誤解が生まれそうなのでもう一度整理させてください。

犬が吠えたり噛みついたり騒ぐようになったのはどうしてでしょうか。

犬の性格の問題にされたり、犬がバカだからといった理由で片付けられることはないでしょうか。

上の理由は二つとも間違っています。

犬が吠えたり噛みついたり騒ぐようになったのは、飼い主がそう育てたからです。

この育てるという過程が人の教育の中では「しつけ」といわれるのです。

そのためいつのころからか犬の教育は犬のしつけといわれるようになりました。

そして犬を教育する学校や犬の教育の方法を教えてくれるところを犬のしつけ教室と呼ぶようになったのです。

猫の場合には猫のしつけという言葉は聞かれません。

犬は人にとっては特別な存在である証です。

だからといって犬のことをあまりにも人のように考えるとドツボにはまります。

犬を落ち着かせようとして抱っこしてポンポンと叩いている飼い主さんの姿を見ると、あなたの抱っこしているその動物は犬という動物で人間の赤ちゃんじゃないのだという違いを伝えなければと思ってしまいます。

言葉としては「犬のしつけ」「犬のしつけ方教室」となったのですが、本当に人が犬について学ぶべきことは「犬がどのような動物かを知る」ということです。

犬のしつけはここから始まります。

犬がどのような習性や行動を持つ動物であるかをよく知ったうえで、犬が必要としていることを提供すること、そして犬が動物としてちゃんと成長して発達し生きる時間をある程度は満足できるようにサポートすることが飼い主としての役割です。

飼い主としての本来の楽しみは、犬という動物を知って喜んだり不思議に思ったりすること。

犬が犬として人のそばで共に生きる姿を見ることをうれしいと思うこと。

犬という種の異なる動物とコミュニケーションをとったり協力しあったりして共に人生を歩む友になるべくがんばる楽しみをもらうこと。

そんなことが犬の飼い主としての楽しみであると自分は思っています。

もちろん人の価値観は様々なのでそうでない方もたくさんいるでしょう。

それはそれで全く構いません。

ただスタート地点の、犬のしつけは犬を叱ったりほめたりすることではなく、犬を理解することだということだけは共通認識として持っていただいています。

それがグッドボーイハートの理念「犬を理解すること」でもあります。

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<犬のこと>八犬伝「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」

子供のころに楽しみにしていたテレビ番組があります。

「南総里見八犬伝」の人形劇といったら年齢がバレてしまうので抵抗があるのですが、共感してくださる方もいらっしゃるでしょうか。

小学校低学年でしたがすでにスヌーピーのぬいぐるみを手放せないくらいになっていましたので、犬が登場するこの人形劇は当時の私のテンションを上げてくれました。


ご存知ない方のためにすごく簡略したあらすじをご紹介します。

昔武家の家に災いがおこり山犬に魔物の退治を頼み無事に退治できたのですが、その犬「八房」がその褒美として武家の娘「伏せ姫」を連れていくのです。

この八房に再び魔物が襲いかかったときに伏せ姫がこれをかばった折に八つの玉がちらばります。

その八つの玉とは「仁義礼智忠信孝悌」という玉でした。

この玉を手にした剣士たちがやがて集まりこの家を守るために戻ってくるという話なのです。


この8名の剣士たちですが、名前にすべて犬の文字がついているのでした。

たとえば犬養とか犬山道とかいう名前もあったような。

とにかく犬にからめてあるお話でした。

8つの玉の中の性質 仁義礼智忠信孝悌

これもすべて社会的にできあがった犬の中に見られるものだったはずです。


過去形になっているのは、犬はもはや人のペットとして可愛がられるために必要な存在となってしまったと同時に、本来犬のグループがもっていたはずのこうした気質も失われてしまったと感じるからです。

もちろん私たち人間にもこれらの気質やそれを表現する態度は、もはや過去のものとなりつつあると自省します。

自分たちにないものなのに、犬は人に忠実だとかいって忠犬ハチ公を祀り上げ、そうした態度を犬に求めすぎるのは明らかに不公平というものです。

私はそんなことはないと感じられるとしても、どこかに「犬は人が好き」なのだと断言できる部分があれば、それは犬は人に忠実だということの延長戦上にあります。

犬が人に忠実であったり、仁義を尽くしたり、信頼したいり、礼儀正しく振舞ったりできるのは、人がそれに値する人間であったりそうした態度で接しているときだけです。

人は常に我が身を振り返る必要がありそうです。

犬はそういう意味でも人にとって大切な存在だといえます。

自分を戒めてくれる動物などなかなかいません。

犬は人にとって貴重な動物なのです。

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<クラス>犬が本当に可哀そうなのは、犬が吠えてなくてはいけないこと

犬にしつけやトレーニングをするのを「犬が可哀そう」だと言われることがあります。

実際にトレーニングクラスを受講されることを決められた生徒さんが言われることはありませんが、しつけに関心を示さない方の中にはこうした意見を持たれる方も多いのです。

犬は吠える動物なのに吠えさせないのはかわいそうとか、犬をクレートに入れることはかわいそうといった意見もあると思います。

なんでも一概に否定することは避けないですが、見方を変えて判断しなければいけない要素も含んでいるはずです。


たとえば、来客を知らせるインターホンの音にワンワンと吠え続け走り回って興奮する犬がいるとします。

きちんとしたハウストレーニングを行うと、ハウスの中ではインターホンの音に吠えなくなります。

これを犬が可哀そうを思う人は「狭いところに入れられて吠えられなくなっているから」と思うかもしれません。

でも本当はそうではありません。

犬は隠れる習性をもつということを知っているでしょうか?

来客である犬にとっては外敵かもしれない人がテリトリー内に入ってくるときに飼い主が適切に対応すれば、犬は不要に吠えたり興奮する必要はありません。

これがハウストレーニングの原理です。

ハウスという巣穴に隠れている間にら来客がかえってしまうことを理解すると、犬はハウスで待つようになります。

犬は興奮して吠えるということをせずに落ち着いていられるわけですから、環境はよりよくなっています。

犬が吠えたり飛びついたり走り回ったりすることが犬が喜んでいるのではなく犬のストレス行動であるという理解がないと、犬が落ち着けるようになってよかったと思えないのでしょう。

これでははじめから人と犬はすれ違っていることになります。

犬を理解しない人は犬が隠れ場を必要としていることも理解できず、クレートを可哀そうといいます。

クレートが巣穴にならなければ当然犬はずっとクレートで騒ぎますので、それはもちろんむごいことです。

だからこそ閉じ込め場としてクレートを使うのではなく、クレートが巣穴となるための練習が必要になります。

それが犬のしつけやトレーニングといわれるものです。


犬をハウスに入れるのが可哀そうで…という飼い主さんがいわれたら、犬が吠えて走り回っている方がよほど可哀そうな状態だとお伝えします。

何が犬にとって「可哀そう」なのか、トレーニングやしつけの趣旨や中身の本質を理解しなければ正しい答えが出せません。

犬のしつけとトレーニングは犬の習性にできるだけあった環境を提供すること、犬の習性に応じたコミュニケーションを引き出せること、そして犬が落ち着いて生活できるように整え成長を促すことです。

本当に犬が可哀そうなのは、犬が理解されていないということです。

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<犬のこと>犬の習性を引き出すのは飼い主の役割なのです

動物は常に身を守る行動をとる習性があります。

犬も犬独自の方法で自分の身を守っています。

この「身を守る方法」を忘れてしまったため、もしくは思い出せなくなってしまったためパニックを起こす犬がたくさんいます。


パニック行動にはワンワンと興奮して吠え続ける行為や走り回る行為があります。

来客のときやその合図となるインターホンの音に反応して興奮してしまうのも犬のパニック行動のひとつです。

パニック行動は目の前の問題を解決する行動ではなく、ただ脳が混乱を生じて興奮した行動をするだけになります。

他にも吠えながらくるくると回るとか、連続してジャンプするといったものもあります。

ひどくなると周囲にあるものに噛みつくか突撃していくといった攻撃的な行動に発展することもあります。

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パニック行動は問題を全く解決せずにその動物を消耗させて、時には危険な状態に陥らせたり事故を起こしたり、脳内の病気に発展してしまうこともあります。

ではどのようにすればいいのかなのですが、多くのケースで犬がパニック行動を起こす周囲の状態は、実際にはパニックになる必要のないことばかりなのです。

先にあげた来客もそうです。

宅配便が来たからといって、お客さんが家に来たからといってそれが何なのでしょうか?

人にとっては日常的な社会生活の一部でしかありません。

散歩中に他の犬とすれ違うとか、人に話しかけられることでどうしてそんなに騒がなければいけないのでしょうか?

説明していくとすごく長くなってしまいますが、簡単にいいます。

犬は本来なら危険なことから身を守るたくさんの術をもっているうえに、安心できる事柄には社会化という過程を通して順応していく力を持っているという事実がベースなのです。

ところがこの「ベース」は生まれたときから身についているわけではないのです。

犬の習性としては持っているものの、それがうまく引き出されないと犬は自分の身を守ることができません。

できなくなった大変多くの理由が、飼い主が犬を守り続けたから、逆に飼い主が犬を危険にさらし続けたからということです。

危険にさらすなど自分は絶対にしていないと思われるかもしれませんが、抱き上げて拘束すること自体は犬にとっては危険な状態におかれるということなのです。

他にも赤ちゃんとして接し成長の機会を得られなかったことなどもまた、犬を危険にさらす行為につながっています。

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実は犬が吠えたり騒いだりする走り回ったりして手に負えなくなるパニック行動をつくってしまったのは、犬の様々な成長過程での経験なのです。

成長過程の経験とは、繁殖の過程、子犬期の生活環境と育て方、その後の成長過程と育て方などを含みます。

いつも思うのですが、この犬が子犬のころからもっと別の環境で全く違う育てられ方をしていたらこうなっただろうかということです。

犬の飼い主なら一度は考えてみて欲しいことですが、この犬が他の人と暮らしていたら今と同じような行動をするようになっただろうと考えればどうでしょうか。

そう考えると飼い主として犬を育てるということの難しさとやりがいは計り知れないものだとわかります。

そのやりがいの中に、犬の習性を理解してそれを引き出すのが飼い主としての役割でありやりがいだと感じていただければと思うのです。

犬の本来の習性をうまく引き出してあげ、その犬がより犬らしく生きていく機会を提供できるのはまた飼い主でしかないのです。

そうすることで犬が安心して暮らしていける、つまり犬が幸せになるのですからこんなに楽しいことはありません。

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<犬のこと>五ケ山キャンプ場を利用した生徒さんから

トレーニングクラスを受講する前は山にもアウトドアにもご縁のなかった生徒さんが、犬とともにトレッキングやテント泊に行かれることを聞くとうれしくなります。

いきなり本格的なテント泊にならなくても、ちょっと郊外の田舎を散歩したとか、海に行って遊んだとか、近くの山を歩いてきたというご報告でもワクワクするのです。

もちろん理由はその犬がそれだけ少し自然が近づいた生活を手に入れたと感じるからです。

1週間に1回でも、1ケ月に1回でも、そんな時間を得られると犬の気持ちはまた違うのではないでしょうか。

もちろん日々のお散歩はあっての話です。

飼い主の中には普段は全く散歩にも連れていかないのに、週末になるとアウトドアに犬を連れだす方がいます。

これは犬と自然を満喫する行為ではなく、犬もアウトドア備品の一部となっているという意味で最悪のパターンです。


毎日屋外で散歩を通して自然にふれる機会を少しでももちながら、週末はもう少し空気が良くて過ごしやすい場所でゆっくりと時間を使うというスタイルなら、犬と人の関係性は変化していく可能性を秘めています。


先日生徒さんからお写真をいただきました。

ブログに掲載の許可をいただいたので紹介します。

福岡の那珂川町にできた新しいキャンプ場で犬といっしょに過ごしたとのことでした。

広い囲いがあって他の犬との接触もなく安心して過ごせるスペースがあるとのことでした。

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下ろしたてのテントの横で少し緊張気味でしょうか、でもなんだか新しい体験を楽しんでいるように見えます。

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気持ちの良いときにする日向ぼっこポーズで、ようやく環境になじんできたようです。

特に飼い主さんの気持ちに敏感な犬は、飼い主さんの気持ちのほぐれで自分もほぐれていきますね。

キャンプ場の近くには遊びのできる自然もたくさんあるということで、お散歩だけでも使っても良いところがあるそうです。

暑くなりますので気温をみながらお出かけください。

ナナ1

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<犬のこと>子犬の時のもうひとつのトラウマ体験

先日のブログで子犬期に抱えやすいトラウマ経験についてお話しました。

こちらです↓
<犬のこと>子犬の時の経験がトラウマになることとは

主に飼い主さんの手元に来る前のトラウマ体験についてお話したもので、飼い主としては事前勉強をしっかりして社会の価値観を変えて欲しいという気持ちで書きました。

今日のテーマは、飼い主自身がいつの間にか子犬にトラウマ体験をさせてしまっていることのひとつについてお話します。


子犬のトラウマ経験は少ないに越したことはありません。

飼い主であれば子犬のころに子犬の心に傷を残すような体験をさせたくないと思うでしょう。

ところが知らず知らずのうちに、子犬にトラウマを生じさせてしまっていることがあります。

それは散歩中に起きてしまいます。


子犬は早ければ生後3ケ月から、遅くとも生後4ケ月くらいには家の周辺を散歩させるようになります。

最近ではなぜか犬を散歩に連れていかない飼い主も多いのですがあくまでこれは例外だと思ってください。

犬にとって散歩は日課であり、するのが普通の生活です。

この子犬の散歩体験のときに、様々な外的な刺激に遭遇することになります。

このたくさんの体験の中にはトラウマとなる危険性がたくさんあるのですが、一番見逃されているのに最も傷を負わせる体験とはなんでしょうか。


それは子犬が他の成犬から吠えられるという経験です。

吠えられるというのは防衛的は吠えで、いわゆるワンワンとかガウガウとかいった声で吠えられることです。

こうした吠えは犬が自分のテリトリーを守るために出る吠えです。

散歩中に他の犬に吠えている犬の多くは、自分のテリトリー内で出会った他の犬に対して「こっちに来るな、あっちへ行け」といった防衛を目的として吠えます。


散歩にではじめたばかりの子犬にはテリトリーがありません。

成犬たちが作ったテリトリーの中に自分は新米として登場するわけです。

そこで成犬たちにワンワンと吠えられてしまう経験は子犬トラウマとなります。

吠えられるという行動は攻撃を受けるという行動です。

乳歯しか持たず戦うことを知らぬ子犬が、受け入れられるべき大人の犬から攻撃を受けるということです。

人に置き換えていうと、幼稚園児が大人からなんくせをつけられて脅されるといった行為を受けるということです。


これが1回きりというのなら経験としては回避できるかもしれませんが、毎日の散歩で会う犬が決まっているとどうしても同じ犬からいつも吠えられることになります。

子犬の散歩中に家の敷地内からいきなり吠えかかってくるケースも珍しくはありません。

家の庭の敷地で吠える犬にしてみれば、常に敷地が他の犬に脅かされているという劣悪な環境なのです。

吠える犬は決して悪くなく悪いのは飼い主なのですが、それをここで論じても仕方ありません。

子犬の立ち場では、敷地の中からであってもガウガウと吠えられるような経験は犬に対する緊張や恐怖を植え付ける結果となります。


この子犬期の経験は案外軽視されています。

というのは人側からみると歩いている犬の吠えは危険性がある程度感じられるものの、柵の中から吠得ているだけだからびっくりする必要はないだろうと感じるからです。

同じように犬が理解できるようになるのは、犬がもっといろんな経験を重ねてからです。

一定の経験と学習を重ねると、柵内で吠える犬がたいして危険でないということを大人の犬は理解するようになることもあります。

ただ子犬にこれを理解させることはできません。


庭の柵越しに吠える犬の前を通過しその犬に吠えられる経験を重ねるたびに、子犬は他の犬に対して攻撃性を高めていきます。

また散歩中にリードがついていてもどんなに距離があっても、会うと必ず吠えられる経験を重ねた子犬は特定の犬が苦手になったり、同じような容姿の犬に対して攻撃性を高める結果となります。


これがトラウマとなってしまうのは飼い主には理解できないかもしれません。

なぜなら吠えかかる成犬に対して子犬の方は無反応であることが多いからです。

子犬は吠え返すようなコミュニケーションを持っていないことと、子犬は環境に対して無防備であるので反応も少ないからです。

これは人の子供でもあることですので、子育て経験のある方なら納得されるでしょう。

子供が怖がっている反応を示しておらず、子供に聞いても怖くないといっていたものやことが、実際にはトラウマになることがあるのです。


飼い主として子犬にトラウマを与えないためにできることは案外簡単です。

柵越しに吠える犬がいるならその家の前は散歩のコースから外すべきです。

散歩中に吠えかかってくる犬がいるなら時間やコースを変えてみましょう。

相手の方が悪いのになぜこちらがと思う気持ちもありますが、新米なのですから仕方ありません。

子犬の散歩にとって安心安全なコースと時間を選択するという気持ちで、吠える犬を避けたコースを選びます。

公園も少なく狭くなり吠える犬が増える環境の中では難しいことも多いでしょうが飼い主としてはがんばりましょう。

さらに積極性を増すなら、吠えている犬の飼い主に「犬が吠えるのはストレス行動だときいたから心配ですね」と持ち掛けて、犬のトレーニングスクールを紹介することです。

ある生徒さんは自宅近くの散歩コースで見つける吠える犬たちにこうして声掛け運動をして積極的に自分の環境を改善させていかれました。

なかなかできることではありませんが、自分の犬にとってもプラスになり、さらに相手の犬にとってもプラスになることで皆が幸せになることですからすばらしいことです。

できないことはできないから、できることから始めるならどなたでもできる犬のこと、おすすめします。

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<犬のこと>子犬の時の経験がトラウマになることとは

トラウマ…よく使われる言葉ですが、理解しているのかしないのかなんとも微妙なところです。

トラウマという言葉からイメージされるのは心に傷を負うということです。

文部科学省のトラウマの定義としてはこんな風に説明されています。

地震や戦争被害、災害、事故、性的被害など、その人の生命や存在に強い衝撃をもたらす出来事を外傷性ストレッサーと呼び、その体験を外傷(トラウマ)体験と呼ぶ。
トラウマ体験となる外傷性ストレッサーには、次のような出来事などがある。
1. 自然災害――地震・火災・火山の噴火・台風・洪水など
2. 社会的不安――戦争・紛争・テロ事件・暴動など
3. 生命などの危機に関わる体験―暴力・事故・犯罪・性的被害など
4. 喪失体験――家族・友人の死、大切な物の喪失など


犬の成長期における体験の中で飼い主さんが犬のトラウマになったこと原因として考えられるのは上記のうちの4番が一番多いのだと思います。

実際には、生命などにかかわる危機的な状態に至った経験をもつ犬はほんの一握りです。

その多くは保護施設や保護団体に保護された犬たちです。

保護された犬の一部はネグレクトと呼ばれる餌を与えられないという生命の危機にかかわる体験をしています。

また狭い場所に多数の犬たちと入れられるスペースを与えられないという虐待を間接的に受けてしまう場合もあります。

このケースは保護施設に飼育できるスペースが十分にないのに、多数の保護犬が収容されてしまうことで起きるもので、管理する人側もわかっていても十分にできないという理由で起きます。

意図して虐待しているわけではないのですが、結果として犬にトラウマを与えてしまったというケースも珍しくはありません。


同じ理由なのですがショップの販売やブリーダーの元でも管理の方法によってはスペースを十分に与えられない、適切なスペースを確保できなかったという理由でトラウマを生じてしまうこともまた珍しくはありません。

狭くて閉じ込められたスペースに長期間過ごすことは、本来屋外で生活する動物である犬にとってはトラウマを生じさせるには十分な環境なのです。

すべてのブリーダーやペットショップがということではありませんが、展示販売についてはトラウマ経験となる可能性があるので、まだまだ改善を重ねていただきたいところです。


子犬期のトラウマになる経験としては文部省の定義の中の5番の喪失体験も犬たちにとって起きていることです。

昨日までお乳を吸っていた母犬とある日突然会えなくなる、これはまさに大変な喪失体験です。

会えなくなる理由とは、人側の都合によって母犬と子犬が引き離されてしまうからです。

子犬をできるだけ早く母犬から引き離して販売したい人側の意向も多少働くことがあります。

母犬は正常に子育てのできる環境と能力があれば、自然と子犬を自分から離していきます。

授乳を拒否するという行動をするのです。

母犬の授乳の拒否によって子犬の方は人から与えられた餌を食べるようになり、次第にお世話かかりが母犬から人に移行されると良いのですが、工程を急ぐとそうなりません。

人側が急に母犬を子犬から取り上げてしまうと、子犬は大きな喪失体験を得ます。

これはあらゆるトラウマの中でもとてもつらいものでしょう。

こうした子犬にはお乳を吸う哺乳行動が大人になっても残りやすいですし、特定のものに執着する傾向も高くなりがちです。

執着する対象が飼い主となり問題が複雑になっていきます。


子犬期にかかえたトラウマが生涯を通して癒されないとは思っていません。

希望的な見方も含めて「いつかきっと癒されて欲しい」と願い、またその方法をいつも模索しています。

一方で子犬にトラウマ体験をさせないために知識と配慮を怠らないことです。

このために最も大切なのは、子犬を迎える側がもう少しレベルアップした知識と経験を重ねることです。

日本にはたくさん良いものがありますが、この部分では少し未熟かと思います。

勉強はどんな分類でもやるに越したことはありません。

犬を飼っている人も飼っていない人も、レベルアップした学習の機会をつかんでください。

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<クラス>まったりとトレッキングクラスで梅雨の鬱も癒されます

来週からやっと梅雨入りということで急遽トレッキングクラスを開催しました。

トレッキングクラスはプライベートクラスが基本スタイルですが、犬同士のコミュニケーションが問題なければグループクラスでも開催しています。

今回は急なお誘いでしたが3頭の犬ちゃんたちが集まりました。

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6月末とは思えないほどの気持ちの良い冷たい風が通る山をゆっくりと歩きながら、ひとつひとついらない気持ちの荷物もおろしていきます。

体はともかく気持ちだけは身軽になっていく感じがあります。

本当に気持ちが良くて「あー気持ちいいなあ」となんども連発してしまいました。

グッドボーイハートのトレッキングクラスは、ドッグランの中でボール遊びをしたり走り回らせたりする人工的な遊びとは少し違います。

人と犬が心をつなげてできることを実現させていきたいというもの。

お互いを思いやらなければできない生活の一部としてみんながやってきたことを思い出すこと。

そんな時間をトレッキングを通して実現させながら、犬も人も本来の自分の記憶を取り戻す時間としています。

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自分も犬との山歩きを十分に理解するまでは、走り回らせて発散させることが犬の楽しみだと誤解していたときがあります。

走り回らせて発散させると犬は疲れて寝てしまいますし、飼い主としてはやった感も強いものです。

でも犬は走り回っていてそれを飼い主が見ているだけなら、共に時間を過ごしているとは感じられなくなったのです。

同時に犬が山を歩くことのすばらしさを得られるようになると、犬たちが本当に求めているのは走ったり興奮することではなく、こうした静かな時間なのではないかと思うようになったのです。

これもオポとの山暮らしを通してオポやいっしょに山で過ごした犬たちから教えていただいた大切なことです。

そのことをずっと伝えていきたくてトレッキングクラスをつくりました。

夏場はコンディションがいまひとつのトレッキングですが、無理せずにゆっくりとやっていこうと思います。

プライベートクラスはいつでもご予約が可能ですので、お気軽にご連絡ください。

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<犬のこと>昭和の犬たちの思い出から知るイヌのこと

家庭訪問レッスンクラスのときに生徒さんから嬉しいお言葉をいただきました。

トレーニングクラスを受講するうちに犬との距離感が取れて心が楽になりましたというお言葉でした。

今まで犬とどのように距離感を取ったらいいのかわからず、どんなことでもしてあげようとという思いが強くなりすぎで自分も窮屈になっていたとのことでした。


それぞれの個々人が犬とどのように接するのか、どのように暮らしていくのかに最も影響を与えたのは自分が小さいころに接した身近な犬との記憶です。

「小さいころに犬を飼われたことがありますよね。どのような生活でしたか?」とお尋ねしてみました。


そのご家庭では次々に4頭ほどの犬を外飼いで飼っていたらしいのです。

その犬たちは柴犬だったかなにか日本犬だったと思うといわれていました。

そしてどの犬も自由に庭で過ごしていたとのことなのです。

係留せずに囲いもなく庭も外も自由に行き来していたとのこと。

さらに当時のご自宅は1階が病院だったので、病院の受付や待合室にも犬は勝手にはいったり出たりしていたらしいです。

昭和40年代くらいの話だとのことでしたが、愉快な話です。


病院の患者さんも特別困った感じもなく、みな普通の風景として受け入れられていたとのことでした。

日本では狂犬病予防法が昭和25年に施行されてから、犬の飼い方に変化が起こりました。

昭和40年代ではまだまだ犬について昔ながらの風習も残っていたのかもしれません。


その和やかな外飼いの犬と暮らす日本人の生活が、西洋の洋犬種をさらに日本独自の方法で愛玩化した小型犬を抱っこしてかわいがるようになったのです。

距離感がつかめないのも理解できます。

自分たちが幼いころに見てきた犬と、今目の前にいる小さなぬいぐるみのような飛んだり跳ねたりキャンキャンと吠える犬がとても同じ動物だとは思えないからです。

でもどちらも分類学上はイヌ科イヌ属 の犬なのです。

プードルと雑種は分類学上も違う動物だと誤解されている方が多いのですがこれは違います。

プードルと雑種は同じ種の動物であるという事実を認めた上で、わたしたちがどのように彼らを変化させているのかを知る必要は十分にあります。


あの昭和の貧乏だったけどわりとゆるやかだった犬の生活はもう戻ってくることはありません。

人の記憶の中にある風景も少しずつ消えていきます。

とても大切で忘れがたきこと、語り継いでいただきたいものです。

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