先日、ドッグタッチクラスを受講してくれたみかんちゃんの飼い主さんに受講の感想をご紹介します。
文章を書くのは結構大変なのでなかなかお願いしにくいことですが、快く受けていただきました。
みかんちゃんが3才のときに、家庭訪問トレーニングクラスでご縁をいただきました。
小さいけどパワーのある元気な男の子でした。
ずっと、みかんちゃんと飼い主さんの共同生活で関係を築きあげて来たのですね。
そのみかんちゃんが17歳なり、老犬のお世話のご相談と同時に、みかんのことをもっと知りたいということで
ドッグタッチクラスを受講されることになりました。
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私は、みかんという17歳の犬と暮らしています。
去年の10月に脳梗塞で右半身不随になりましたが1ヶ月程で自力で立てるようになり、
年末頃には部屋の中を歩き回ることができるまでに回復しました。
ただ、おむつが必要だったり、自力で水を飲む体勢をとるのが難しかったりと
以前と全く同じいうわけではなく、何かと不自由な生活をしていました。
こうしたら快適かなとか、もっとこうした方がいいんじゃないか等手探りで介護をしていました。
そんな時、3歳の頃にトレーニングでお世話になっていたグッドボーイハートのホームページを本当に久しぶりに拝見しました。
もっともっとみかんにできることをしたいという思いが強かった私は、
宮武さんに相談に乗っていただくことにしました。
カウンセリングで宮武さんが訪問されるまで一週間。。。
私のトレーニングは始まりました。みかんの部屋の片づけです!
4畳半のみかんがいる部屋の半分は物置になっていました。
大慌てで片づけをし、部屋を整えました。
福岡市の45リットルの大袋のゴミ袋が13個にもなったのは内緒です(笑)
カウンセリングを受けて、やはり気になっていたドッグ・タッチクラスを受講することに決めました。
ドッグタッチクラスの開始から終了までに、私が気付いたみかんの変化です。
・夜の10時~12時頃に落ち着かず、うろうろしながらふーんふーんと呼んでいたのがなくなって、
よく眠るようになった。起きていたとしても、呼ばなくなった。
・表情が明るくなり、目がキラキラしている時間が増えた。
・毛がピカピカになってフケや皮膚の赤みが減った。全体的に毛が柔らかくなった。
・腰の曲がりも緩やかになった。
・後ろ足としっぽの毛のちぢれが減ってストレートに近づいた。
・いちばん動きのいい左前足を触ることへの拒否反応が薄くなった。
・おしりを使って不自然な立ちあがり方をしていたけど、今は自然な感じで立ちあがっている。
・寝る時、右の後ろ足の付け根に辺りある関節しか曲がらず、足先が顔の近くにあるという
不自然な寝方をしていたけど、最近は他の関節も曲がって自然な寝方をするようになった。
気付いていない変化も、まだまだあるかもしれません。
私事ですが、今40歳の私は34歳の時に鬱病になりました。
それからはみかんだけを心のよりどころにして、みかんに依存して生きてきました。
みかんが脳梗塞になって、それにさらに拍車がかかった気がします。
みかんがすべてだと思いこみ、必死にみかんの世話をすることで自分を肯定し、
存在価値を見出そうとしていたのだと思います。
愛情というよりは病的な執着に近いものがあったように思います。
クラスを受講して、宮武さんからいろいろなことを学ぶにつれ、
客観的に自分を見て、みかんになんて惨いことをしてきたのかということに気付きました。
みかんがそばにいてくれるだけで幸せだというのは今も変わりませんが、
今までのそれは一方的な私の押しつけと自己満足であり、みかんの幸せとは程遠いものでした。
毎日、目をキラキラさせて嬉しそうにしているみかん。
きちんとコミュニケーションを取るだけでこんなにも体に変化が起きたみかん。
そうなるように導いてくださった宮武さん。
今までのみかんと私との関係を考える機会をくださった宮武さん。
受講の感想を書いてと言って下さった宮武さん。
感想を書くにあたり、今までのことをまとめたから見えることもありました。
「感謝」の一言では足りません。心から受講してよかったと思っています。
みかんとの豊かな暮らしへ一歩前進できました。
毎日のふれあいの時間を大切にして
これからもみかんと一緒に歩み続けて行きます。
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ドッグタッチクラスは3回のクラスです。
クラスで学ばれたことを継続して続けられることで変化が見られます。
みかんちゃんはドッグタッチクラスの1回目から変化が見られました。
伺うたびに顔つきが変化していくのがはっきりとわかりました。
犬の変化に敏感なので、小さな変化も見逃しません。
みかんちゃんは明らかに毛に艶がでて瞳がキラキラとしています。
ご家族にもわかるようで「最近、目がキラキラしているね。」といわれたそうです。
ドッグタッチクラスはスキルを身につけるクラスではありません。
だからこそ心を伴って望まないと、その変化はわかりにくいものです。
グッドボーイハートのすべてのクラスがスキルを身につけるクラスではありません。
うそのない真実の犬との関係を築いていく機会を飼い主さんと犬が得られますように。
学びの機会を下さったみかんちゃんと飼い主さん、ありがとうございます。
Author Archives: miyatake
ドッグタッチクラスを受講して:みかんちゃんと飼い主さんのお言葉
おすすめの本:「ニホンオオカミは消えたか?」わたしは70人目の目撃者になりたい
グッドボーイハート生の中には、これはかなり山がフィールドの犬じゃないかと疑うような犬がたまにいます。先日もそんな山下りてきた感じの風貌と体格の犬くんをお預かりすることになりました。長らくいっしょに過ごす時間ができたので、書籍を取り出してしみじみと見比べていました。その書籍の中の一冊がこの「ニホンオオカミは消えたか?」です。
● ニホンオオカミは消えたか?
書籍名: ニホンオオカミは消えたか?
著者: 宗像 充
出版社:旬報社 (2017/1/5)
目次:
I 「オオカミを探す?」
II ニホンオオカミとは何か?
III どこからどこまでがニホンオオカミか?
IV 人生をかけたオオカミ探し
V ニホンオオカミはなぜ生き残ったか?
VI 行方知れずのオオカミ捜索
この本は、すでに絶滅されているとされているニホンオオカミは本当に絶滅したのかという疑問と、絶滅していないかもしれないという視点にたって詳細な資料を元に構成されています。ニホンオオカミについてまとめられた書籍の中では出版時期が新しいため、最近までに得ることができるニホンオオカミ目撃情報がまとめられています。
帯には「その日、ぼくは69人目のオオカミ体験者になった。」とあるとおり、筆者は最初はニホンオオカミはまだ生きているとしてその存在を確認するための活動をしている人々から情報を得る中で、ついに秩父山系でニホンオオカミではないかと思わしき動物と遭遇するのです。この体験があったことで筆者のニホンオオカミに対する思いが一気に上昇したことをうかがわせる多少気持ちの入った文面になっています。
● ニホンオオカミは本当に絶滅したのか?
ニホンオオカミは分類学上ははCanis lupus hodophilaxと名づけられ分類されています。このニホンオオカミについて環境省のレッドリスト(絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト)の絶滅レベルの最大の「絶滅(EX)」に指定しています。環境省の発表では国内ではすでにニホンオオカミは絶滅種として扱われています。
以下が環境省のニホンオオカミに関する情報です。
「ニホンオオカミは、19世紀までは東北地方から九州まで各地に分布していましたが、1905年1月に、奈良県鷲家口で捕獲された若いオスを最後に、現在まで確実な生息情報がなく、この後まもなく絶滅したと考えられています。この最後の標本を購入したアメリカ人採集者、M.P.アンダーソン氏の記録によると、ニホンオオカミは当時すでにまれで、ほとんど絶滅に近い状態だったといいます。絶滅のおもな原因は、明治維新以降、狩猟用の銃が普及したことと、野生動物に対する日本人の意識変化などによる人為的圧力から、ほかの野生動物と同じく、いちじるしい生息数の減少が起こったと考えられています。
ニホンオオカミはオオカミ類のなかではもっとも小型のグループで、胴のわりには足や耳が短いのが特徴です。ユーラシア大陸に広く分布するタイリクオオカミの亜種とされますが、独立した種とあつかう説もあります。現存標本も少なく、わが国には3頭の剥製標本(はくせいひょうほん)があるだけです。すでに絶滅してしまったニホンオオカミの生態についてもはや調べることはできません。
なお、北海道にはニホンオオカミの別亜種であるエゾオオカミ(Canis lupus hattai)が分布していましたが、明治時代に牧場を荒らす害獣として駆除され、1894年前後に絶滅しています。」(環境省 レッドデータブックより)
ところが、国内ではニホンオオカミではないかと思わしき動物の目撃証言や目撃時に撮影された写真があり、本当にニホンオオカミは絶滅したのか?もしかしたらニホンオオカミはまだ国内に生息しているのではないかという議論を巻き起こしています。中でも東北の「秩父野犬」と九州の「祖母野犬」でそれぞれにニホンオオカミではないかという動物を目撃した八木氏、西田氏というふたりのニホンオオカミ体験をもつ方は、生涯をかけてニホンオオカミの生息についての調査を行われています。
一方でそもそもニホンオオカミとはどの動物のことを指すのかということが国内でも明確にされていないことが混乱を生じさせているようです。ニホンオオカミといわれても、残っているのは骨や毛皮ばかりです。いくつかの剥製が残されていますが、その剥製すらも、骨がない状態での詰物なので本当にこの形だったのだろうかと疑問を抱くようなものになっています。ニホンオオカミが国内に生息していた時代には資料を残されていませんでした。当時日本では動物の資料をまとめるような学問は盛んではなかったようです。さらに、ニホンオオカミ自体が人の前にめったに姿を現さない謎めいた動物であったことも否定できません。
さらに、ニホンオオカミとは別に山犬(ヤマイヌ)といわれる動物が存在していたのではないかという仮説もとても信憑性があると感じます。オオカミはイヌと交配して子をもうけることができるほど種としては大変近い動物です。他にも、国内にはタヌキやキツネといったイヌ科動物が存在していますが、このどちらもがイヌとの交雑することはできません。オオカミがイヌととても近い動物である上に、山犬(ヤマイヌ)というまたイヌ科の動物がいるという風に考えると、日本の山の生態系はなんとなく合点がいくような気がするのです。山犬や野犬とは違う扱いをされています。野犬はあくまでイヌです。山犬はある意味オオカミに近い野生動物と位置づけられているようです。なんだかそんなことを考えるとワクワクしてしまいます。
● ニホンオオカミと自然体系と犬の関係とは
ニホンオオカミが存在してるかどうかの議論は、オオカミ再導入計画が一部の団体によって広げられたことで熱くなっています。オオカミの再導入とはアメリカのイエローストーン国立公園でオオカミが絶滅の危機にいたったときに、カナダのオオカミをイエローストーンに移動させることで復活させた事例に基づいて提案されています。なぜ、オオカミを日本の山にもう一度復活させようという動きがあるのでしょうか。それは、国内のシカやイノシシの増加によって農作物が被害を受けたり森林が荒れている理由が、オオカミが日本の山から消えたことが原因のひとつだと考えられているからです。
その再導入として提案されたオオカミがシンリンオオカミというオオカミです。提案の理由はニホンオオカミがシンリンオオカミの亜種(属する種)として分類されたためです。この提案には違和感を覚えます。ニホンオオカミが生存していない状態でなんの情報も集められていないのに、なぜニホンオオカミがシンリンオオカミの亜種として分類されたのかが曖昧であること、さらに、大陸という環境と比較して日本という独特の島国で作り上げられた動物を同じものもしくは似ているものとして扱うことには疑問を感じます。
さらに、ニホンオオカミが日本の山の奥地に神のように崇められていた時代の山はもうありません。さらにその下の地域に山犬が、その下に野犬が、そして里山犬がというようにイヌ科動物のピラミッドをつくるようにその領域をお互いにまもっていたのではないかと考えるからです。日本の山には山犬の存在も明らかではありません。野犬はわずかに生息している可能性があります。里山犬は里の荒廃、純血種の普及、犬の係留という法律とともにまさに風前の灯です。日本のイヌ科動物のピラミッドなしではニホンオオカミは均衡を保てず爆発してしまい、結局人は再びそれを絶滅に追い込むのはないかという恐れすら覚えます。
● わたしは70人目のオオカミ体験者になりたい
ニホンオオカミが存在していないという調査は個人単位で行われているだけで、国や専門家をあげては行われていません。なぜなら、狂犬病予防法が発令されニホンオオカミが存在していることが許されなくなったときにすでにニホンオオカミは絶滅したのだという結論を下されてしまい、絶滅したのに生存を確認する調査をする必要性が議論されなくなってしまいました。しかし、もうずい分時間が経ちました。他の歴史と同じように自分達の認識が間違っていたことについては素直に間違っていたかもしれないという謙虚な姿勢に立ち返り、再び振り出しに戻ってもいいのではないでしょうか?ニホンオオカミを確認する調査のために動物に負担をかけたくはありません。彼らを脅かさない方法で調査が始まることを願っています。そして願わくば、わたしもニホンオオカミをこの目で見たいと切実します。
七山の山の中には鹿もいなくなりました。こんな地域ではオオカミが生存している可能性はとても低いです。しかし、いつか他の山で数を増やしたニホンオオカミの影を見ることができるかもしれないと思うと、それだけで夢が広がります。同時に日本のイヌ科動物のピラミッドが日本の人の生活と共存していた歴史をいつか取り戻すことができるかもしれないとも思います。これはあまりにも現実的ではないとは思います。ただ、都市部の家庭犬を脅かすようなことでもないと思います。失われつつある犬の習性や行動、その能力や機能性、そして人との関わりについて、知らないことはまだまだあります。失ってしまってからでは、ニホンオオカミ同様に骨のない剥製をみるようにしか知ることはできません。身近にいる純血種を含む全ての犬の軸となるオオカミという動物について、ますます思いが深まります。
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九州北部豪雨朝倉地区のペット支援についてご協力のお願い
九州北部豪雨で被災されているご家庭のペットたちの保護についてのご協力のお願いです。
グッドボーイハートで共に学ぶ機会のあった方が朝倉の動物愛護協議会のメンバーであり、現在被災地区でのペット相談などの支援活動を開始されました。
災害時の支援先については身近で信頼のおける方にというのが基本姿勢です。
今回は先の知人らが支援団体を急遽立ち上げましたので、こちらを支援させていただきます。
団体名 朝倉ペット緊急支援ネットワーク
代表 松崎博美
現在の状況を確認したところ、以下のような状態だそうです。
犬たちは親戚知人に預けられていたり、一時的に放し飼いにされており家に通われるときに世話などを受けているということです。
持参した支援物資などは現在のところ必要がなく、ペットに関する苦情も相談もないとのことでした。
猫の方はほとんどが外飼いだったようで、今のところ避難所には連れてこられていないようです。
犬猫のペットが一時的に放し飼いで給餌を続けられると、不妊手術の追いついていない地域では動物の数が増える傾向があります。
被災地区の方々が生活を取り戻されるまで、相談窓口として対応し定期的な訪問も行うということでした。
グッドボーイハートとしては移動費などの資金援助が最適な援助だと判断しましたので、支援金の募金を受け付けします。
朝倉ペット支援ネットワークの口座が立ち上がりましたので、そちらに直接送金希望の方には送金先を連絡いたしますのでご連絡ください。
7月30日まで募金を行い、グッドボーイハートで集めた募金はまとめて送金いたします。
犬猫のことで支援先を求めていたけどまだ見つかっていないという方などご協力はあくまで個人のご意志ですので、お声かけください。
朝倉地区の被災された皆様は、お互いに協力しあって復興に向けて動き出されているようです。
地域の力の強さを感じます。地域の力の強さは犬や猫など地域の動物たちにも伝染しているでしょう。
一日も早く生活を取り戻されますようお祈り申し上げます。
自然災害の中に見る人災:今自分にできることをただするだけの地味な日々
昨年の熊本地震など身近なところで災害が続きます。
九州北部豪雨で亡くなられたすべての人と動物に哀悼の意を表します。
被災された方々にはお見舞いを申し上げます。
愛する方を失った方々の辛いお気持ちが一日も早く癒されますようにとお祈り申し上げます。
梅雨明けまであとわずかな時間ですがこれ以上の被害が拡大しませんように。
● 自然災害のたびに報じられる「記録的」という言葉への違和感
身近な地域での災害は特に身にしみると同時に情報も入りやすくなります。テレビ報道やインターネットのニュースを通してくり返し流される被災地の映像と、被災の状況は原因について語る専門家やコメンテーターの言葉に違和感を覚えることも多いものです。その違和感を覚える言葉に「記録的豪雨」という言葉があります。確かに記録的豪雨なのだと思います。気象庁が観測を始めてからはということです。ですが長い地球の歴史を見れば、わたしたちが知らない寒冷時代もあったのです。自分たちの知らない気象現象や気温や雨の量や大地の揺れを記録的と報道されてしまえば、記録的だったのだから仕方がないのだという印象操作をされてしまい、人は考える力を失ってしまいます。自然災害といっても、その災害の中に人災が含まれているのであればそれを正しく認識した上で自分たちの態度を改めるべきです。
この災害で印象的だった破壊された自然の映像は、山崩れした斜面と大量に流された木肌を削られた流木の山ではないでしょうか。流された木々は大半が針葉樹です。樹木の太さは映像から推測するしかありませんが、ここ20年くらい前に植林されたものではないでしょうか。インターネットニュースの中では科学者の先生が「この災害は人災であることを認めるべきだ。植林したものの手入れを怠ったせいで、細い木が流れて山が崩されている」という旨のコメントをされていました。わたしも同じだと感じます。
自分には森林や災害に関する専門的知識はありません。科学的に説明をすることもできません。あくまで自分の感性に応じてあんな山では崩れてくるのが当たり前ではないかと思うのです。正確にはそう考えたり気づけるようになったということです。都市部のアパートに生活しながら、休みの日にふらりと犬との山歩きに出かけるくらいでは、ここまで深く考える機会を持つことができませんでした。自然に近い犬という動物と向き合いながら、その犬が本来活き活きと生活していて持てる機能を十分に発揮できる山という場に寄り添いながら時間を過ごした結果、やっと気づいたことです。
● 山で暮らせば必然の山の手入れという地道な雑事
実はこの気づきはグッドボーイハート七山校との出会いが始まりでした。現在この七山校の裏山の尾歩山を犬と歩いている生徒さんはこの山がすでに森になりはじめている風景を見ることができます。ところが、ここはもともとは荒れ果てた杉林でした。最初にこの家と山に出会い購入について検討したとき、不動産の方に境界線にラインを示してくださいとお願いしました。そして実際にオポを連れて山の境界線を歩いてみたのです。山を歩いているときも山の上から下を見下ろしたときも、これは自分には無理だなと思いました。なぜなら、杉林は手入れをされておらず細い杉は倒れ、枝打ちされていない木々の間には日光が当たらずにじめじめとして、この杉林は危険だとなんとなく感じたのです。この辺は勘です。あの犬のオポも移動がスムーズとは行きませんでした。湿気が多くぬかるんで土が不安定な歩きにくい山だったのです。
そこで不動産の方に率直にお返事しました。「裏山があの状態では家の購入は無理です。山のことはわかりませんが怖くくてとても住めません。」と申し上げました。そうしたら不動産の方がなんと地域の森林組合の頭となる方を引き合わせてくれました。森の専門家による見立てと提案は次のようなものでした。手入れされていない杉林は伐採する方がいい、家が近いし斜面があるので広葉樹を勧める、造林事業の助成の一部が使用できるので少し出たししてされませんか、ということでした。もちろん、作業をしてくださるのは森林組合やその下請けの森の専門家の方々です。費用の一部をわたしが負担すれば、山を生き返らせることは可能だということだったのです。
こうした経緯があり七山校を購入することが決まり、当時不調だったオポはやっと山へと引っ越すことができました。杉林を伐採したあとは広場みたいになってしまいましたが、その後造林していただいた1メートルくらいの広葉樹たちが次第に育っていきました。同時に雑草も大量に生えてしまい下刈りは大変な作業でした。植え替え後二年目の写真がこちらです。
植林が2007年ですから今年の秋で10年を迎えます。最初の一作年までは専門家の方に下刈りの作業をお願いしていましたが、いよいよ今年からは山の下刈りを自分で始めるようになりました。木々が育って植生が少し変化してきたのが明確にわかったのが今年に入ってからです。10年という月日は木にとってはわずかな時間かもしれませんが、10年たってひとつの段階を迎えたことが実感できることはうれしいことです。その変化した森はこんな感じです。
風景の中にオポがいなくなったことはさびしいのですが、オポの過ごした山がまだ元気でいてくれていることがありがたいこです。写真で見ると下刈りももう少しガンバレという感じですね。この10年山の手入れを続けてきたのはわたしひとりではありません。犬と共にこの山に訪れるたくさんの犬と暮らす人々が、手に鎌や鋏を持ってなれない山の手入れをお手伝いしてくださいました。そうした人々の支えがなかったら、この地道な作業に途中で音を上げたかもしれません。その支えの時間があるからこそ、今でもあと10分だけ、あと20分だけがんばろうと奮い立って草刈りをやり続けられる自分がいます。その自分もいっしょに育てていただきました。ありがとうございました。
● 災害の起きるまえにできることを今することと、動物たちが生きる場を返すという姿勢
災害が起きる前に備品を準備したり事前の知識を身につけてパニックにならないことも現実的な問題であり現実力です。また、災害が起きてしまったあとに、人や動物たちのために何かできることはないかと行動を起こしたり活動をされる方々には感謝します。災害の起きるたびに自分には何もできないという気持ちでもやもやしてしまうことも多少はあることです。それでも、今目の前に自分に課せられた大切なことに向き合っていくべきだという思いの方が強いです。
災害に向き合って物事の本質を見極め、わたしたち人という動物が自然にしたことのお返しがきているのだと謙虚に受け止める姿勢を持っていたいのです。視野を時間的にも拡大させてみて、今自分たちの身の回りに災害予備軍があることを気づいて取り組んでいけないでしょうか。人にとっても犬にとっても、自然災害が発生したときにそれをできるだけ拡大させないために、今できることを考えて、現実的にそのことに向き合うことが最も建設的な対処の方法だと思います。
その今取り組めることが、自分にとっては山の手入れなのです。森林の専門家のようにチェーンソーで杉林を伐採したりするような荒業までできるようになれるとは思っていません。ただ手入れしていただいた山を維持し続けるにも相当の体力、労力、気力が必要なことをこの10年を身をもって知りました。たかだか1000坪くらいの山の手入れにフーフーいっているのですから、この日本の山を活き活きと保つためにはどのくらいの労力がかかるのかわかりません。
さらに山がこうして荒れ果ててしまい、梅雨時の雨量によっては山崩れが起きてしまうことを、知っている人が少なすぎます。山の境界線である里山に住む人がいなくなり、山を利用しなくなったからであり、山に出入りすることがなくなってしまったからです。被害を受けた地域は里山よりももっと低い場の田園地区がほとんどです。里に人が戻って山の手入れをすることができないなら、他の地域の方が入っていって自分たちでやるしかないのでないでしょうか。
こうした活動は人にとっての利益だけではありません。野生動物や犬たちにも恩恵はたくさんあります。里山が復活すれば、里山で活き活きと生きる犬が復活します。森が健康になれば野生動物たちが活き活きと暮らせる場が戻ってきます。じめじめとした暗い杉林には動物は食べ物もなく住むこともできないのです。動物たちの生きる場を奪ったのはわたしたち人という生き物であることを、動物を保護する活動をする前に認めておくべきです。
この自然豊かのように見える七山でも、山を歩いているとあそこもここも荒れ果てています。いつか七山から滑り出した木々が唐津の住宅地を襲う日が来ないともいいきれません。自分ひとりがちょっと草刈りをしたくらいでは追いついていないことは十分に承知の上です。それでも、わたしはやりたいと思います。地味で誰も気づかずに対した役にたたなくても、自分が大切だと思うことに向き合いたいからです。
ときどき爽やかな風が頬の横を通り抜けます。一日中エアコンをつける必要のある部屋にいる犬たちを思います。きっとわたしが犬ならちょっとくらいブヨに刺されたて痛い思いをしても、この土の上に伏せて過ごすことを選びます。人の価値観で良かれと思ってやっていることが犬にとっての真の愛情に達しているのかどうかを向き合うには勇気が必要です。でも、このことにもそろそろ向き合える人がでてきそうな予感がしています。自分の気づきと同様、誰にでも変化には時間が必要なのでしょう。ただその時間を今は待っているところです。
犬と触れ合うコミュニケーションを学ぶ:ドッグ・タッチクラスで触れあいの対話をしよう
一昨日のブログの老犬介護クラスのご紹介でドッグ・ヒーリングについて触れさせていただきました。今回は犬と触れ合うコミュニケーションを飼い主さん自身に身に付けていただくためのクラス「ドッグ・タッチクラス」の体験をご紹介します。
●犬と触れあいのコミュニケーションを深めるドッグ・タッチ
3才のころにトレーニングクラスでご縁のあった犬くんの飼い主さんからご連絡を受けました。やんちゃだった犬くんが老犬になって自宅でお世話をしているためお世話について相談したいということで伺いました。カウンセリングを通して今の状態やできることをいっしょに考えたりご提案させていただきました。その中で、飼い主さんが今できることをひとつでもステップアップさせたいというお気持ちが高いことも受け取りました。その飼い主さんのご希望でドッグ・タッチクラスを受講されることになったのです。
ドッグ・タッチクラスの目的は「犬とより深い『触れあいのコミュニケーション力』を身につける」ことです。犬との暮らしで飼い主が犬から学ぶことは、犬の年齢や成長に応じて様々です。子犬のころのトイレのしつけや人との関係性を学ぶ社会的な経験学習、安定した散歩ができるよう練習したり、犬ができるだけストレスを低くして生活していくことができるよう環境を安定させる学習、犬が自然との距離感を縮めて犬としての時間が過ごせるようになるための自然学習など、飼い主が犬に教えていると思っている時間を使って、実は犬からたくさんのことを学びます。つまり、犬と共に学ぶことは山のようにあるのです。
それら全ての犬との学びを通して、犬の気持ちや状態を理解する犬と対話する力を身に付けていくことがグッドボーイハートのすべてのクラスの目的です。犬を犬として理解すること、理解を基盤により良い関係を身につけていくことです。犬の成長のどの段階でも犬から学ぶことはとても多く、どんなときにもこうした学びの機会を与えてくれる犬という存在に頭の下がる思いです。
●ドッグ・タッチクラスが老犬に対して役立つのは何故か?
ドッグ・タッチクラスはその理解を基盤にした対話の最も深いコミュニケーションです。コミュニケーションを受け取るときは、多くは犬の行動を通して相手を理解することができます。犬語セミナーは犬の行動に対して集中的に焦点を当てたセミナーです。犬の行動学を理解することは犬への理解に直接的につながります。
これが、老犬になると少し難しくなります。老犬の一つ目の理由は犬のコミュニケーション力が低下してくるからです。犬にも認知症があります。また犬が伝えたいことや犬の要求が成犬のころと違いより深いものに変わっていくという問題もあります。
もちろん老犬にも行動がありますので、ある程度行動で理解することができます。介護のお世話のときにお伝えすることもたくさんあります。ただ、老犬と対話することを通して犬が落ち着く時間を持つことは行動の理解だけでは上手くいかないのです。その溝を埋めてくれるのが、触れあうというコミュニケーションなのです。
● 「ふれあう」と「さわる」は違うことを理解しよう
最近では「触れあい教室」や「触れあいの場」と称して犬や猫などの動物を触る場を提供される教育やイベントがあります。触れあいとはただ触ることではありません。文字での説明では誤解を受ける恐れもありますが、ここでははっきりと意見いたします。「触れあい(ふれあい)」と「触る(さわる)」は違うのです。「触れあい」とはお互い様の関係、「触る」のは一方的な関係です。
「触れあい」は人と犬のお互い様の関係にたったコミュニケーションなので「対話」と言い換えることができます。こちらが呼びかけて相手が応える、もしくは相手の話に耳を傾けてこちらがそれに応じるという対話です。対話は動物を落ち着かせます。人は社会的な動物です。対話を通して落ち着きを得られるのは人と人の関係でも同じことです。お互いに分かり合えない事があることを前提に、分かり合おうとする姿勢を持つことが対話です。
これにたいして「触る」は一方的です。相手がどのような状態であっても、こちらが手を出す触るはペットの語源でもあります。人が触る目的のためにフワフワの毛に作られた人為的な繁殖をされた犬たちも、人に一方的に触られることで幸せを得ることはできません。触って人が満足を得ようとすると、犬はストレス状態となり、人に多くのことを要求したり、防衛したり、攻撃的になったりします。
●ドッグ・タッチって誰でもできるようになるの?
ドッグ・タッチは技術を身につけるクラスではありません。実際にはトレーニングクラスもテクニックを身につけるためのクラスではありません。関係性を作るためにテクニックを用いる必要があるでしょうか。人と犬の関係は、向き合いの姿勢、そして生き方であると思います。
ドッグ・タッチクラスは「触れ合う」という姿勢や意識について学びます。クラスを通して犬に「触れる(ふれる)」コミュニケーションを持つ宿題も出ます。楽しんで今までと違うコミュニケーションを身につけていただきたいと思います。
ドッグ・タッチクラスを受講中の飼い主さんに自宅でやってみた感想をいただきました。
「落ち着いて幸せな時間が持てた。夜寝る前に長い時間吠えていたけど、それが少なくなって落ち着いて寝てくれるようになった。以前よりも熟睡しているみたい。」という変化が見られているということです。
ドッグ・タッチクラスは効果や結果を求めると欲深くなってしまい、なかなかうまくいきません。よく深い気持ちで犬に触れても、犬は辛い思いをするばかりです。こうあってほしい、こうなってほしいという思いは、時折自然な流れを阻害してしまうこともあります。謙虚で淡々とした姿勢こそ、ドッグ・タッチにはふさわしいものです。
写真を提供してくれたミックスのみかんちゃん。今日で17歳の誕生日を迎えたそうです。おめでとうございます。一日一日が大切だったはずだけど、また今日一日で新しい関係が作られます。
保護犬の中には年齢の分からない犬もいるでしょう。保護犬飼い主の特権ですから、好きなように宣言してください。犬たちは年齢は気にしていません。ただ、飼い主が健やかでいてくれることを望んでいるでしょう。
グッドボーイハート七山校の風景
なかなか雨が降らず、カエルの声にも元気がありません。
数日前に博多でも唐津でもセミの声を聞いたときには、ついに梅雨は終わってしまったのかと思いました。
お山に向かう入り口の草は、水不足なのかいつもより勢いがなくつい草刈の手を休ませてしまっています。そうしたら台風と同時に大量の雨。活き活きと伸びる雑草との戦いがまた始まりそうです。とりあえず数日は見なかったことにしてしまうのでしょうが、問題解決を先送りするに過ぎません。しかし、取り組むにはそれなりの体力が必要です。体力と気力のないときに刃物は持たないが自分で決めた山の手入れのルールです
屋外の環境整備も大切なことですが、室内の環境整備も大切です。お掃除や家具の設置などはほとんど自分の感覚でやっています。気持ちがいいように、心地よいように、来られた方がリラックスできるようにと、もともと感受性第一の仕事なので気になったら夜中でも掃除やレイアウトの変更を行ってしまいます。
先日、リンパマッサージを教えていただいた先生が風水も見てくださるとのことだったので、少し関心がありご指導を受けました。風水にもいろんな流派があるということですが、自然の力の作用や助けによって空間が整えられていくという原理はとても不思議なものです。空間作りにはいつも自分の感覚を優先してしまうのですが、古くから伝えられている風習のようなものをとりあえずやってみて身に付いたら続けていくというのも自分のスタイルです。
風水では自然の元素である、火、水、風、土、木、山といった言葉がでてきてとても興味深くお話しを聞きました。実はグッドボーイハートのマークの中にも、自然の5大元素がはいっています。今まで気がつかなかったという方はぜひ捜してみてください。このロゴは自分で手描きでデザインしたものをデザイナーさんにイラストレーターで書いてもらったものです。七山に学校を開校するときに、自然とのつながりについて犬と共に学ぶことがテーマだったのでこのようなロゴに変化しました。
さて、今回風水鑑定で教えていただいた内容と自分で少し考えていたことを元に、部屋の使い方を少し変えてみることにしました。そのためパソコンの前の風景が変わりました。
目の前が土と草。
こんな風景で窓からは風と共に土と草の臭いがただよってきます。
ただの草の風景のように思えますが、実はいろんな生き物がやってきます。
スズメや小鳥たちが虫を食べている、カエルが跳ぶ、蛇がのぼっていく、蜂が飛んでくる、そしてアナグマもこの斜面を登ったり降りたりしています。もうこのくらいでは驚かなくなりました。
気になるのはどちらかというと草が伸びているというでしょうか。どうも仕事をさぼっているような気がして居心地の悪いものです。
ヒーリングとカウンセリングのためのお部屋が移動しました。
整理整頓が終わったらまた写真でご紹介します。
七山校も博多校も不思議なご縁が続いて出会った場です。どちらもみなさんがたくさん学び豊かな時間を過ごしていただけるよう、これからも大切にしていきます。博多校では不定期のセミナーを開催しています。次回は7月30日の犬語セミナーです。
老犬のための介護とドッグヒーリング:老犬との暮らしでできることを考える
ご相談を受けるカウンセリングクラスの中には、老犬の介護の方法やアドバイスが欲しいというものがあります。犬をはじめて飼った方は、老犬のお世話に戸惑うことでしょう。動物医療の発達や食べ物や生活の快適性や活動量が減ったことなど、人と同じ理由で犬の寿命も少し延びていることは飼い主にとってはうれしいことですが、犬の老化や介護で動物にかかる負担も大きなものなので、できるだけ安心して過ごせるようにと飼い主さんといっしょに考えながら提案をさせていただきます。
介護のやり方やアドバイスのために家庭訪問させていただく中に、ドッグヒーリングも一緒にお願いしますというご要望もあります。逆のパターンもあります。つまりドッグヒーリングを依頼されて介護のやり方やアドバイスにお答えするというクラスです。どちらも同じ内容になります。こちらからの押し付けではなく、飼い主さんのご希望の過程に沿いたいという形で最初の経過が違うというだけで受講料はどちらも同じです。今日はドッグヒーリングクラスについて少しご紹介します。
● ドッグヒーリングってそもそも何?
ヒーリングという英語を日本語に訳すと「癒し」となります。犬と暮らしている人の中には、「犬に癒される」ということを言われる方も多いですね。「癒し」とという言葉自体はここ10年くらいでよく聞かれるようになった言葉ではないでしょうか。
ところが「癒し」という世界は感覚的な世界なので説明するのも難しいのです。しかもヒーリング(癒し)というのは、あくまで人の世界で気づいてきた人の文化です。ただその文化はとても古く長い時間をかけて作られて、そして長く大切にされてきたため今こうしてここに体感することができるという事もできます。
ヒーリングや癒しという言葉は時代の流行にもまれたり、サービスの形を表現する言葉として広がりはじめ、リラックスすることだと勘違いされているようなこともあります。確かにリラックスして安心できることは、癒しを体感したときに感じるひとつのことでもありますが、癒しの感覚はもっと深いものであると感じています。
「癒し」とか「ヒーリング」という言葉をネットで検索して頭で理解しようとせずに、癒しとは難だろうと考えながらも、経験したり、感覚を磨いたりしていくことで一歩ずつ近づいていきます。犬として生きている犬は、癒しを知る道のガイドとしての存在になってくれます。
● 老犬のためのドッグヒーリングとは
今回ドッグ・ヒーリングクラスをさせていただいたのは老犬となり家族にお世話を受けながらゆったりとした毎日を過ごしている犬くんです。数ヶ月の若いころにお世話をさせていただいたご縁です。あの小さなやんちゃ坊主がりっぱなに成長した後に人のお世話を必要とする年齢となって過ごしていることは、とても感慨深いものがあります。
犬と人の中に流れている月日の速さの違いは、どうやっても埋めることができません。そしてそれを頭で理解することはできても、同じ時間の流れを共有することはできません。人が1日を終えるころに犬の方も1日を終えるのですが、その時間が私達人の時間にすると7日となると換算したとしても、なかなか理解することはできません。受け止めるべきことは今目の前にいるこの犬がその犬の年齢では老年期といわれる年齢に達していて、老化を受け入れつつ不自由さを少しずつ受け入れつつ、今日の一日を過ごしているということだけなのです。そのときについ思ってしまう「いつまでいっしょにいられるだろうか」「また少し老いたような気がする」といった不安や寂しさは犬には必要のないものです。
とはいえ、そうした気持ちになるのはとても自然なことです。悲しさや寂しさが犬といるときに芽生えてしまうのも仕方のないことです。ですが同時にもっと強い飼い主の思いもあります。それは、今こうして犬といっしょにいることができるこの時間と空間を犬にとって心地良く安らかに過ごせるように協力したいという思いです。
老犬の介護のアドバイスや老犬のドッグ・ヒーリングをさせていただくときには、飼い主さんのこの気持ちを中心にしています。その上で、ドッグインストラクターとして、またドッグヒーラーとして現実的にお手伝いできることをさせていただきます。どちらの職業名も自分にとってはどうでもいいものですが、業としてさせていただく限りにおいてはなんらかの名称が必要であるために使っているものです。犬がどのような状態であっても、自分は飼い主さんのサポーターであることに代わりはありません。
ドッグ・ヒーリングですが、具体的には手を当てるタッチヒーリングという形で行っています。手を当てながら犬の必要としているところに応じるように手当てを続けていきます。ただ手を当てているだけなのですが、ときどき不思議なこともおきます。また、動物の治癒反応が引き出されるために、ヒーリングを受けたあとにもいろいろと反応のあることもあります。どれも必要があって起きていることで、魔法のように突然起きたわけではありません。ドッグ・ヒーリングを通して犬とより近いコミュニケーションを得る時間となります。受け取ったことは全て飼い主さんにお伝えしています。くり返しますがドッグ・ヒーリングは魔術ではなくとても現実的なことを大切とした癒しの世界のことなのです。
なかなか文字ではお伝えすることが難しいので、飼い主さんにもヒーリングを受けていただくことができるようクラスを設けています。お試しクラスもありますので、興味本位であっても体験してみたい方はお気軽に受けてみてください。劇的なことは何も起きませんし、全く感覚のないという方もいます。ですが、受け取り手によっては何かを受け取られることもあるのです。
● 長生きは犬の幸せなのか
犬や猫は人に飼われるようになって長生きになってきました。動物園の動物が明らかに野生動物よりも長く生存できるという理由と同じです。人が食事や生活を管理し病気を管理することで、生きる長さは長くなったという事実があるのです。人も生活の変化で寿命が延びるようです。人生50年と歌われた時代から考えると、日本人は人生85年というくらいはあるでしょうか。だからといって人生50年の時代よりも生き生きと幸せに生きているかというと以外にそうでもないと感じます。
先に述べたとおり、犬と人は生きている時間の流れる速さが違います。だからつい欲張っていつまでも長く生きてほしいと思ってしまいます。人という動物ですからちょっとくらい欲の出てしまうことは仕方のないことだと思います。ですが欲張りが過ぎてそのことばかりに夢中になってしまうと、本当に大切なものが見えなくなることもあります。老犬になってから医療行為が過剰になる人でいう延命という作業も、やりすぎれば犬に負担をかけます。
今、老犬と暮らしている方ならそれはとてもラッキーなことです。老犬のお世話をできるくらい犬が長生きしてくれいていることは動物としてはすごいことなのです。なぜなら、まだいっしょに過ごせる時間が1分以上はあるし、今日、明日、明後日と犬に話しかける時間もあるかもしれません。身体的な変化や認知的な変化など、犬の老いの変化はそれぞれです。どの変化もこれまで犬が歩いてきた中で選択してきたことなので、それぞれに尊重してサポートしたいものです。
犬語セミナー福岡校開催のお知らせ
グッドボーイハート犬語セミナー開催のお知らせです。
日時 2017年7月30日(日)
14時~16時 終了後にプチお茶会あります。
場所 グッドボーイハート福岡 博多区住吉
参加費 2500円(税込)当日払い
定員有り 少人数制のセミナーですので、ご参加の方はお早めにご連絡下さい。
連絡先 グッドボーイハート ※初めての方はお問い合わせフォームよりお願いします。
みなさんとの学びの時間を楽しみにしています!
犬語セミナーで学ぶ犬の社会性:犬のパーソナルスペースは距離感から生まれる
週末に七山校で犬語セミナーを開催しました。単純なビデオセッションながら毎回どのような学びがあるかわからないビックリ箱のようなセミナーです。
● 犬語セミナーの学びのひとつ、犬の評価とは
犬語セミナーは初心者クラスでは犬の行動を観察して読み取りができるようになることからはじめます。参加しているうちによく見ることができるようになると、その行動を分析していきます。それができるようになると今度は犬の性質や状態の評価にうつっていきます。
一番難しいのが「犬の評価」のところですが、今回は上級者ががっちりを参加されたので遠慮なく質問のレベルを上げて犬の評価について考えるセミナーとしました。犬語セミナーを少人数制のセミナーにしている理由は、参加者の理解の段階を把握することで質問や説明の内容を変えて、ステップアップするプライベートクラスの延長ととらえているからです。
数十人が集まるセミナーの講師をさせていただくこともありますが、どうしても表面的なことになってしまいます。深く伝えようとすると多くが理解できないままに終わってしまい欲張って未消化セミナーになってしまった反省もあります。おひとりおひとりの理解度を把握するにはやはり直接質問して答えていただくしかないというのが今のクラスの形式につながっています。
犬の評価についてですが、ここでいう評価とは競技会やテストでの合否とは全く違います。どれが正しくてどれが間違っているというものでもありません。また誰かと競って順位を争うものでもありません。犬はそんなことに関心はありませんが人は競うことに快感を覚える動物かもしれません。
犬の性質はさまざまです。そのどれもが個性であり、性質に正否はありません。その犬の性質をある程度理解しておくことは、犬の必要性を理解して接し方や環境整備を行う上で必要な情報です。犬の人為的に繁殖をくり返した結果、犬は非常にバラエティにとんだサイズや形に変化していきました。その中で犬に起きている犬の負担についてもきちんと知る必要があります。
犬の行動評価の中には犬の発達と成長の段階の評価というものもあります。実はこれが一番大切な大切な評価です。飼い主さんがもっとも影響を与えるところであり、飼い主次第でいくらでも発達と成長の速度や内容を変化させていくことができるからです。その成長と発達の中でも重要事項の中にひとつに入る「パーソナルスペースの獲得」が今回のセミナーの焦点でした。
● 犬語セミナでの今回の学びは犬と犬の行動が作る距離感とパーソナルスペース
グッドボーイハートの生徒さんなら上記の小見出しを見たらまず「えー、私も受講したかった」と思われるのではないでしょうか。犬がどのようなステップでパーソナルスペースを獲得しているのか、犬がパーソナルスペースをつくっていない状態をどのような行動で表現しているのかなど、犬のパーソナルスペースの発達に関する行動は、日々の生活の中でいつも見ることができるからです。
パーソナルスペースという言葉は、分離不安と同様に人の心理学で使用されている言葉ですが、わかりやすいのでこの言葉を使用しています。動物にとってのパーソナルスペースの重要性についてはいうまでもありません。自分の最も小さな領域ということで、言い換えればもっとも小さなテリトリーということもできます。この領域を守るのは自分を守ることであり、また他者との安定した関係性をつくる基盤にもなります。言い換えれば、パーソナルスペースが獲得できていない犬は、他者に対して依存的になるかもしくは過剰に防衛してしまうのです。
たとえば、分離不安傾向のある行動がでている犬は、当然のことながら安定したパーソナルスペースを獲得できていません。獲得するというのは成長と発達の中で形成できていないということです。つまり、パーソナルスペースの形成は成長と発達の過程で最重要事項なのです。
このパーソナルスペースですが、分離不安の例でもわかるように距離感がはかれるかどうかという風に見ていくとわかりやすいのです。犬語セミナーのビデオでは犬と犬の距離感がどのようにとられているのかを見ながら、その犬のパーソナルスペースの形成について学びました。
● 犬のパーソナルスペースが形成されていないのはなぜか
パーソナルスペースは1才半ころから安定をみせるようになります。もしそのパーソナルスペースが形成されていない状態であれば、うちの犬はなぜそうなったのだろうと思いにふけってしまうかもしれません。それにはたくさんの理由がありますが、一番影響を与えたのは幼少期もしくは現在犬に接している人の接し方にあります。
接し方といっても普段から犬に接するのをすべて接し方といって漠然すぎるかもしれません。どんなことも接し方です。たとえば、犬を自分の体の上に乗せて寝ている、犬を抱っこする習慣がある、犬を抱きしめたりはぐしたりするのが好き、犬の頭に手を当てて撫でているなど、どの例も犬のパーソナルスペースを侵す方法であり、パーソナルスペースの形成を阻害しています。
犬が寝ていると犬の近くに寝たり犬の体に触れて寝ようとする人もいます。犬にパーソナルスペースの形成がなされていれば、犬は自分から距離をとって別の場所に寝ようとします。ところが犬も同じように人にべったりとひっついて寝てしまようであれば、犬はパーソナルスペースの形成不全とみなされます。同じく人もパーソナルスペースの形成が不安定というお知らせですので、犬を触る以外の方法で安定をはかれるようにいろいろと工夫をしてみてください。たとえそれが抱き枕であっても、犬に抱きついて寝るよりはよいかと思います。犬の成長を阻害すれば犬は不安定な状態を強いられるからです。
●他のパーソナルスペースについての過去のブログはこちらからご覧ください。
・犬のパーソナルスペース
・犬のパーソナルスペース<つづき>
・犬との正しいあいさつを知っていますか?
・犬と犬をオンリードで会わせてはいけない理由
・ゴールデンリトリバーによる子供の死亡事故について:もっと深く考えることで見えてくる犬の姿
・ゴールデンリトリバーによる子供の死亡事故について:もっと深く考えることで見えてくる犬の姿2
犬とのトレッキングクラスで学ぶ:犬の行動の落ち着きとストレスの区別
梅雨らしく雨が降らないのも困りますが、週末の犬といっしょの山歩きクラスができたのはありがたいことです。トレッキングクラスのあとは犬語セミナーを開催しました。常連だけのセミナーとなり内容もとても濃いものとなりましたのでほんの少しだけ紹介します。
●犬語セミナー前の山歩きクラスの様子
植林から10年たって森が急に変化しはじめました。ずっと目的をもって続けていくと何かが途中で急に変化しはじめるのは、犬の成長と同じです。その裏の尾歩山(おぽさん)の手入れをしながら山道を一歩ずつ登っていく犬との山歩きは、一秩序を保ちつつ緩やかにときが流れていきます。好き勝手に伸び続ける木々の混乱した尾根部分の手入れを続けるとやっと風が通るようになり、風を受けてじっと立っている犬の姿を見ているとなんとなくほっとしてしまいます。
犬との山歩きを山遊びを間違えてしまわれることもありますが、犬が山を歩くときはとてもゆっくりとしています。途中で森の手入れのために立ち止まっても、犬たちも同じように立ち止まっています。休みをとる犬は伏せていることもあるし、作業を見守る犬もいます。倒れた竹が壁となってしまうのでこれらを取り去るためにガサガサをする作業中には、自分の安全をキープしようと構えをとる犬もいます。
いずれにしても犬はみな協力的でわたしたちの作業を邪魔しようとはしません。犬の行動をずっと観察していると、人の山の手入れによってより環境が安定することを少しの変化で読み取ってくれているように感じたこともあります。もちろん犬により様々ですが、結局犬は人の行動をよく観察するのだなというのをいつもながらに痛感します。山といっても里のすぐ上の山です。
人はずっと山を利用して生きてきました。食べ物に限らず生活道具にしてもそうです。家だって木と土でできています。人が利用すると山は荒れていきます。だからずっと手を入れ続ける必要があります。そうされていない場所は環境が乱れて混沌としています。尾歩山からはその無残な姿が見える場所もありますが、少しずつですができるところから手入れを続けていこうと思います。そしてその場に犬が共にいてくれることが、本当に心強く感じられるのです。
● どの犬も山ではゆっくりと歩くことができるのか?
犬のストレスが蓄積されているときには、行動や穏やかではありません。犬はストレスを発散する行動をしてしまいます。山に入ると土や森のにおいに興奮してしまい、走り回ったりリードをひっぱったり飛びあがったり落ちているものを次々に口の中にいれてしまったりします。こうしたストレス行動が出てしまうのは、今の環境があまりにも犬にとって厳しいというお知らせです。ところが山で走り出すのは危険です。木々で目をついたり転んだりすることもあります。もしくは、他の野生動物や昆虫など危険な生き物の攻撃性を引き出してしまい、大ケガをすることもあります。
犬に自由行動の時間を与えるとこうした興奮行動が予測されるため、ドッグランなどの遊び場では障害となるような椅子はテーブルは敷地の脇の方においてあります。ドッグランという名前のとおり、その柵の中で犬のリードを放したら、犬は走り回ってしまいます。そのため、事前に犬にとって危険なものを取り去っておく必要がありです。その運動場のように整備された平坦な地面の上を犬は走り回っているということです。しかし、そもそも犬が円形に走り回ること自体がストレス行動であるのに、そのストレス行動をさせるためにわざわざドッグランに連れて行くのも不思議なことです。
犬との都会暮らしの経験のあるわたしも月に数回でしたが犬を山に連れてくると最初は興奮を抑えておくことが大変なことでした。長くそこに過ごしているとやっと落ち着きを取り戻して今からというときに帰宅の時間となり、犬にはさらにストレスを与えていたと申し訳なく思っています。いつも犬と過ごす場所で他人や他の犬と出会わないようにと、場所選びにも難航しました。七山校に移った理由のひとつには、生徒さんたちが安心して山での時間を過ごせる場所が欲しいということでした。
● 犬の行動が走り回り行動から落ち着き行動に変化していくために必要なこととは
日帰りであってもくり返し山歩きを続けていくと、山での過ごし方は変わってきます。歩く速度は飼い主の影響を受けやすいため、飼い主側で安定した速度をキープしてあげるといいのです。頂上や特定の場所に到達することを意識しすぎるとどうしても早歩きになってしまいます。作業をしながらのぼっているのは、その場その場で立ち止まることを犬にわかりやすく伝えるためです。作業をするためにしっかりと地面に足をつけて立つ必要もあり、人が安定して立っていることを犬に伝えることにもなります。
犬の安心は安定から得られています。その安定に影響を与えているのが人の安定度です。落ち着きといえばもっとわかりやすいでしょうか。どのような時に落ち着いていますか?という答えに対して多いのは、落ち着いている人のそばにいるときというものです。落ち着きは影響を与えやすいのは、時には利点となり時には欠点となります。飼い主が落ち着きを失うと犬も落ち着いてしまうという欠点です。良い方向に影響すれば、飼い主が落ち着けば犬も落ち着きを学び始めます。
学習というと何かの号令を出してそれに従うことだけと思われがちですが、そういうことでもありません。落ち着く行動をくり返すとそれが気持ちの習慣になり次第に身に付いていきます。犬も同じように、落ち着いた行動をくり返していくと次第に落ち着いた行動をするようになります。それが集団になるとますます影響力が強くなるから不思議です。単位が2から3になるだけでかなり変化してしまうのです。力の法則なのですが本当に不思議だなと感じています。
話を元に戻します。犬との山歩きで学ぶことはいつもの生活と同じです。ストレス行動はできるだけ管理しながら減らしていくこと、そして落ち着き行動は管理をゆるめながら増やしていくことです。単純なようですが料理と一緒でさじ加減が難しいのですね。もちろんインストラクターであるわたしが指導しています。今は管理のとき、今は少し様子をみるなど少しずつ覚えていただければそのさじ加減も身に付いていきます。犬が落ち着いて山を歩く姿をぜひ見てそして感じてください。ゆっくりした時間が犬の中に流れていることを知ってください。
次回は、午後のクラス「犬語セミナーでの学び」をご紹介します。