コロナ禍で開催できなかった博多山笠の追い山が明日の早朝に行われます。
直接見に行くことはできなかったけど、ラジオやテレビから流れてくる走る山の音や声を聴きました。
博多っ子である私にとっては聞きなれた季節の音、日常が戻ってきたようでうれしく思いました。
さて、その追い山ならしの映像を見て解説を聞きながら考えたことは「集団行動について」です。
集団行動は一定の数の集団(グループ)がある規則にのっとり動く行動のことをいいます。
幼稚園のときから集団行動は練習していますが、小学校、中学校となるとその集団行動のレベルも高まってきます。
追い山も移動中に舁き手が次々と持ち場を交代し持ち場に応じて役割が決まっていること、とても高度な集団行動で一トンという重さある山が動かされています。
追山ならしの動画を見ていると、タイムの速い曳山の特徴は形と動きがきれいであることです。解説者の方も速いタイムの曳山の動きを「美しい」と評価しました。速く動こうとする目的に形が応じると美しい形になります。
この原理は犬にも当てはまります。
一定の速度を保って少し早く歩く、散歩という行動。
見ていて美しいと感じられるものは、犬と人がその機能性を十分に発揮している行動です。
一方でゆっくりとした速度で歩く山歩きという行動。
山歩きには前後ではなく上下という空間も加わりますので、前に進むと同時に上に進む行動が出たり、下に進むという行動も伴います。
移動するたびに人も犬も個体の形は変わっていきますから、なかなか美しいと感じられるのには時間がかかるのですが、これが美しいとみられるようになると、全体の動きはとてもバランスがとれてきます。
犬と人という二つの個体がいっしょになって集団となった場合も、やはりバランスと集団化という二つの機能性を発揮できている山歩きはとてもきれいだなと思います。
犬とのより良い関係性を求めるために、犬と向き合ってボールを投げていても何か結果がでていないと感じられることはないでしょうか?
群れの美しさとは、集団で移動する機能美の美しさ。
それを実現するために身体的な能力は当然ながら必要ですが、あわせてお互いの存在を意識して、同じ目的をもって結束して行動することが何よりも大切なことです。
明日の追い山笠でコロナや不幸な事件や不安な思いが吹き飛んで、みなが明るい気持ちを取り戻すことができますように。
最後は結局のところ神頼みとなりますが、小さな存在である私は私なりに日々の勤めに励むだけです。