自然の中で学ぶ機会を得られる登山練習のような状況で、不幸な事故が起きてしまうことは度々耳にします。
それが大人として自己判断の上で行われたことであれば、世界の名山で命を落としたとしても、山菜を取りに行って遭難死したとしても、本人の選択した結果としてその人生を尊重をするという気持ちを保ちます。
危険に至ったときの動物の反応はとてもシンプルであるとは思いますが、それが全て問題を回避するというわけでもありません。だとしても、その機能を動物として最大限に生かせるようになりたいと思うのは全く無駄な考えでもないと思うのです。
人と同じように犬にも周囲の危険に対して反応をする機能を持ちます。
様々な危険のある中でも脅威を感じるほどの状態におかれると、闘うか逃げるかという反応をします。行動学では闘争、逃走反応(ファイトorフライト反応)といわれる反応です。
この反応に至る過程で体内では、危険を察知すると共に大量のアドレナリンなどのホルモン物質が血液中に送り込まれ、心臓のポンプが速くなり、酸素を必要とするため呼吸が速くなり、大きなエネルギーを必要とする逃走もしくは闘争反応に準備をします。
このしくみは人と犬では共通しています。他にも多くの動物がこの機能を持っています。
闘うことと逃げることは、動物の様々な行動の中でも莫大なエネルギーを使うため、この状態が継続しているときには食べ物を食べることができません。食べ物を消化吸収するためにもエネルギーが必要なのですが(血液を回す必要があるので)、そんな余裕がないから食べることを止めてしまうのです。辛いことや苦しいこと、緊張する状態にいたるときに食べ物が口に入らないという経験もここから来るものです。
実はこの究極の選択は二つではありません。
もうひとつ「失神する」という選択肢も残されています。
失神と言って連想されるのは「森の中で熊に出会ったら失神しろ」ということかもしれません。熊の専門家の本によるとこの対応は間違いだそうです。
ただ、失神しろといわれなくても、窮地の状態に追い込まれると失神してしまうということも実際にはありえるということです。
失神というとテレビドラマのように劇的なものを思い浮かべるかもしれませんが、ほとんどの人が失神を経験しているといいます。軽い失神では、立ち上がったときの目のくらむようなものも、身体的原理としては同じだと説明する医師の本もありました。
本の内容にどの程度の信憑性があるかどうかはわかりませんが、窮地の状態に追い込まれたときに、闘う(闘争)反応と逃げる(逃走)反応のほかに、気を失う(失神)という選択があるというのは納得がいきます。
前者の二つ、闘争もしくは逃走反応は心拍数が増加し血流が活発になった状態で起きる反応です。これと気を失う(失神)という身体的状態は明らかに違います。気を失うときには心拍数は一気に低下し、脈の数は少なくなり血圧は降下し、結果、脳はシステムダウンという形で全ての活動をとめてしまいます。
立ち上がったときの軽いめまいも、血液が末端に送り込まれることにより一気に血液が下に行ってしまうことで起きるものなので状態としてはその状態の一部を体験していることになります。
人にはありがちな失神が動物にはあまり起きていないように思えるかもしれませんが、実は犬の多くの失神は見逃されています。
この失神への入り口が人と犬では多少異なるからです。
自分の経験が一番わかりやすいのですが、自分に当てはめてみた場合はどうでしょうか。
実はわたしも以外と血の気が薄くよく立ち上がるときにクラリとくることがあります。細身の女子のするような可憐なしぐさにはほど遠いものの、なんとかその体勢を維持すべく近くにあるものをつかむか、一旦姿勢をとめてひと呼吸することで持ち直します。
まさに本当に失神するようなことがあったかどうかは記憶にありませんが、もし失神直前になっても、同じようにギリギリまで持ちこたえていきなり倒れる(わたしたちは2本足なので)という結末を迎え、失神といわれる状態になることをイメージします。
急にバタンと倒れる感じですね。
実際、人の失神のときには床面に頭を打ち付ける人もいるため、衝撃となることを伝えるときには失神することを前提に相手を支えるか補助できる姿勢をとらせるようサポートする訓練を受けている仕事の方もいらっしゃるようです。
犬を含める動物の場合はどうでしょうか。
昆虫も失神をしますが、仮死という極度の状態にいたるには見事なパフォーマンスと見まがう行動で、さすがに動物はその粋には達していないようです。
野生動物の映像などをみているときには「これは失神ではないか」と想われるような行動も見られます。どちらかというとゆっくりと崩れ落ちるように倒れますが、見方によってはいきなり眠りに入ったようにも見えます。
犬も同じような状態になっていることがあります。
四つ脚ですから倒れるときもドタンという風になりません。
活動を途中で止めて急に寝てしまったように見えることもあります。
それは屋外で起きるだけでなく、室内で起きていることもあるのです。
部屋の中でそんなに窮地に至ることはないということから、まさか犬が室内で失神しているとは思わないでしょう。予測しなければ気づくこともありません。ただ犬が急に眠ったと思ってしまうかもしれません。
自由行動を与えられていない犬という動物には逃走のチャンスは与えられません。ストレスがかかっていても部屋の中を突然走り出すくらいの逃走反応が引き起こされるだけです。
まだ人に対して闘争反応のでる状態であれば、いきなりかみつくという反応が引き起こされたかもしれません。日常的なストレスの表現はいきなりやってきますので、犬が接触のときにいきなりかみつくという不思議な行動にいたることもあります。
ですがストレス状態にある犬のうちの少数派ですが、反応が引き起こされないまま失神に至る=いきなり寝るという反応も十分にありえるのです。
一日中部屋の中やサークルの中に留守番をしている犬たちは、反応というものを経験しないままに成長します。環境学習の機会がとぼしく脳が未発達なままなので、ストレスの上昇にあわせた闘争や逃走反応も引き出してきません。脳はシャットダウン。パソコンでいうとフリーズ状態です。いきなり対話することを止めてしまいます。
犬のストレス行動はどんどん複雑になります。
その複雑化は犬の生活環境の複雑さと繁殖による圧が遺伝子にかかる負担からきています。
わかりにくいメッセージをどのくらい真剣に拾い上げるか。
笑い飛ばされるようなことでも、疑問をもって真剣に見て受け取りたい。
犬の中に起きている不自然なことは、人という動物と関わった結果でもあります。
そしてそれを知る力を人は持つと信じています。