犬にまつわる飼い主同士の会話や関係の中で、最近よく聞かれるようになった言葉でこれは危険だと思うことがあります。
「うちの犬は大丈夫」発言です。
「うちの犬は大丈夫」というときに、何をもって大丈夫といっているのかがよくわかりませんが、よく飼い主さんから訴えられることは、散歩中に「うちの犬は大丈夫です」と言ってリードをつけた状態で近づいてくる人がいるので困るということでした。
「うちの犬は大丈夫」にはいろいろな例があるため、一例をあげて紹介します。
飼い主さんは数ヶ月の子犬を飼っています。
その子犬に大型犬の成長した犬の飼い主が散歩中に近づいてくるとのことでした。
子犬は他の犬との関係やコミュニケーション作りに飢えています。犬をじっと見ていたり、犬の臭いを嗅ぎたいという欲求がありますから、近づける要素があれば一気に近づいてしまいます。そして成犬にとびつき行動をします。子犬のとびつき行動は成犬への要求のいりまじった興奮行動です。
その大丈夫といわれる成犬は、子犬のとびつきに無反応とのことでした。
そうすると子犬は腹部を見せてひっくりかえります。今度はあらたな要求行動をはじめます。
この腹部を見せる行動に対しても成犬は無反応とのことでした。
映像であればもっとわかりやすいのですが、イメージできたでしょうか。子犬が興奮しても要求しても、または強い服従行動を示しても成犬は無反応、つまり「子犬を相手にしない」ということです。
成犬の多くは子犬を相手にしたくありません。子犬は臭いがつよく近くにいって確かめるまでもなく子犬臭がプンプンとしています。子犬は成犬とみると自分の世話を要求するような興奮をします。長らく犬に接していないと興奮してとびついてきたりします。
多くの犬は子犬を相手にはしたくないのですが、子犬に威嚇行動をとって子犬を遠ざけようとします。もちろんこの威嚇行動は子犬にとっては打撃が大きいものです。子犬が同種の動物から威嚇されるということは、人でたとえるなら幼稚園生の子供が大人に近づいてきておばちゃんとでも言おうものならその幼稚園生をおばちゃんが突き倒したのと同じ意味を持ちます。幼稚園生は大人に対しておびえ、人に対して強い警戒心を持つようになるかもしれません。成犬が子犬に対して威嚇行動をするのがいけないということは多くの方にわかっていただけると思います。威嚇行動を成犬の教育と間違えられる場合があるのですが、行動をよくみるとそれは教育ではなく威嚇行動であることがわかります。この違いについても、ぜひ知っていただきたいと思います。
前述の子犬のとびつきや腹部をみせる行動に無反応の成犬の場合はどうでしょうか。成犬が子犬の相手をしようとしないのに遠ざける威嚇行動もしない無反応的は対応は、子犬にとって威嚇行動よりも衝撃的な反応です。子犬の存在を認めない、子犬がその成犬のなかでは「なかったことにしている」ということです。
この成犬の行動も人を例にあげて説明しましょう。幼稚園の子供がおばちゃんに近づいてきて「おばちゃん」といっていきなり抱きついたとします。大人は子供を見ることもない、話しかけることもない、何事もなかったかのように立ちすくんだままで、この幼稚園生の子供に対して無反応=無視をするという反応をします。子供はおばちゃんから少し離れて上目遣いでおばちゃんの顔を見上げて言葉を待ちます。それでも大人は無反応=無視をします。このような反応をされた幼稚園生が人と良い社会性を培う経験を得たとは思えません。幼稚園生は大人に対して警戒し、もしくは避けるようになるかもしれません。
子犬のとびつき行動や腹を見せる行動に対して無反応な成犬の与える影響はこのようなものなのです。子犬は犬としてのコミュニケーションや関係性に不安を抱えます。これは種の異なる人と上手くいかないことよりも、子犬にとってもっと強いストレスになります。子犬は自分の生活圏の中で飼い主により依存行動をするようになったり腹部を見せて転がったり、自分の居場所を過剰に守ったりする青年期の犬に突入していく危険性も控えています
では、子犬に適切に応答してくれる成犬の反応とはどのような状態なのかでしょうか。
子犬を引き受ける成犬は、まず子犬の臭いを嗅ぎます。場合によっては腹部の下に自分の鼻をいれることもあります。このとき子犬は後ろの片足をあげるバレリーナみたいな姿勢をとるでしょう。これが受動的服従行動といって、成犬にたいして服従を受け入れる行動です。臭いを嗅がれると子犬は興奮してとびつきそうになります。その際成犬は小さな唸り声でこれを制するか、首を交わしてとびつきを回避します。さらに興奮してとびつきそうになると威嚇もしますが、この威嚇は対立を示すものではなく、子犬に落ち着きを求めるものです。子犬は興奮を抑えるために若干からだを低くして耳を倒し、成犬の近くをウロウロとすることもあります。そのうちに次第に落ち着いてきます。この成犬と子犬の関係では、成犬のテリトリーの範囲内で子犬が行動をし、子犬の安全を成犬が守ることになります。成犬はつねに子犬を監視する状態になります。子犬がテリトリーから離れようとすると立ち上がってそれを抑えるような行動もとります。
現実的にいえば、このような対面や関係をつくる機会を子犬に与えることは難しいと思ってください。なぜなら、そうした性質をもつ成犬の数は非常に少ないからです。個体の性質としても限られている上に、成犬として成熟して成長する機会を与えられておらず、犬が自律した行動をとれるようになっていなければ、この子犬の世話や教育行動は不可能なのです。また、子犬が家庭でストレスを抱えている場合には犬に対面したときの興奮やおびえが非常に高くなり、成犬の抑制は効かない状態となり成犬には過度の負担をかけてしまいます。
成犬と子犬の対面について可能性のある機会としては、成犬と子犬の飼い主がきちんとした関係性を持っていること、成犬と子犬の飼い主があって関係性をつくっておくこと、そのゆるいグループ性を保ちながら、成犬のテリトリーの中に子犬を迎えることなどができるときです。もちろんこのときにはリードをつけずに対面させる必要もあります。リードをつけての犬と犬の対面はおすすめしませんが、これについてはまた後日のブログで説明します。
子犬に対面させても「うちの犬は大丈夫」といわれた反応ない成犬ですが、どうしてこのようになってしまったのかの経緯についてはよくわかりません。考えられることとしては、リードをつけて逃げられない状況下の中で多くの犬と接触をさせた影響によるものがあります。刺激をたくさん与えられそれがストレスになると、結果その刺激(対象)に対して三つの反応を示すようになることが考えられます。
そのうちの二つは過剰に反応する場合の攻撃行動です。過剰に吠える興奮して近づきとびつくという反応がこれにあたります。
過剰反応のうちのもうひとつは、逃走行動です。犬との距離が縮まる前に逃げる行動に移ります。
そして三つ目がこの無反応という状態です。コミュニケーションを獲得できない場合には、その対象をなかったことにするという反応になります。最初のふたつの行動は攻撃か逃走になるため、他の犬に対して社会的行動を見につけられなかったことがわかります。ですが、三つ目の無反応については一般的な飼い主さんであれば「おりこうさん」と評価をさせることでしょう。
無反応な行動を示したり飼い主にずっと注目して合図に反応し続けるという依存的な行動をとる犬が「お利口さん犬」と評価されるようになったのは、多くの人がこうした犬を求めた結果です。人が定めた評価基準ですから、これらの犬がお利口といわれることは間違ってはいないでしょう。ただ、こうした犬の反応が犬として社会的に適切な社会性の高い状態であるかどうかと問われるとこれは社会性の高い状態とはいえません。犬が機能的に備える真の社会性を否定するものでもあり、犬の本来もつ機能を低下させることにもつながっています。
犬を人として考えすぎると擬人化につながり間違いにも陥りやすいものです。今日紹介した社会的行動の例は、犬と人が社会的な動物であるということを踏まえたうえでの類似として捉えてください。こうして疑いをかけると難しいと思われる犬の行動は、実はとてもシンプルで簡単なものであるのです。