純血種の犬たちが人気があるのは、純血種ならではの独特の毛が魅力的であるのは大きな理由のひとつです。
たとえば毛足の長い長毛種は人気があります。長い毛の犬が人気があるのはそれだけ人の好みにあっているということでしょうが、長い毛が好きな方に尋ねると、毛を触ったときの感じが短い毛の犬のようにあっさりとしたものではなく、毛の分量がある分満足度が高いということをいわれたこともあります。あくまで個人的な意見でしょうが、触ったときの感覚が短毛の犬とは明らかに違うというは確かなことです。
大型の長毛種を好まれる方の中には「格好いいから」という意見もありました。
大型、中型犬の長毛種で人気があるのは、ゴールデンリトリバー、フラットコーティッドリトリバー、ボーダーコリーのラフタイプという毛質の犬、バーニーズマウンテンドッグ、グレートピレニーズ、ボルゾイ、アフガンハウンドなどが身近で見ることができる代表的な犬種です。
もう少し小さなサイズになると、スピッツ、シェルティ、スプリンガースパニエル、コッカースパニエルなどのスパニエル系もみな毛が長いですね。
小型犬の長毛種で人気が高いのは、キャバリアキングチャールズスパニエル、巻き毛になりますがトイプードルも伸び続けるという意味では長毛種になります。他にも、ポメラニアン、パピヨンなどもそうです。チワワとミニチュアダックスなどは、もともとは短い毛の純血種しかいなかったものが、人為的な繁殖によって長毛種をつくったため、ロングコートチワワとロングコートミニチュアダックスがつくられるようになりました。
純血種の繁殖はどの時代も人の要求に応じて犬の姿形を変えてきました。その中で長毛種がこれだけ増えてきたというのは、それだけ毛の長い犬を人が求めた結果であるともいえます。
ところが、この長い毛は犬の歴史の中で人が手をいれていない本来の犬の毛とは大きく違います。
本来の犬の毛とは、犬の体を守る人の洋服にかわる部分です。「犬は毛皮着てるから暑いね」などという言い方をされることもありますが、実際そのとおりなのです。犬は毛という洋服を着ているからこそ、イヌとして人と離れて暮らしていたころにも、野外での活動の中で怪我から身を守ることができ、アンダーコートの発達で寒さから身を守ることができます。夏にはアンダーコートを落として、薄い夏用の毛に変えて皮膚を守っています。
話しが少しずれますが、夏のサマーカットをお勧めしていません。なぜなら、犬の毛を必要以上に短くしてしまうと犬は皮膚を守ることができなくなってしまうからです。犬の皮膚は人の皮膚とは違い、とても繊細なものでもあるのです。
さて、このかわいらしい長い毛ですが、言葉を変えていえばこの長い毛は「飾り毛」なのです。
「飾り」です。犬の体を守ったり犬が生きているために助けになるような毛ではありません。
犬にとって長い飾り毛になることの有意義なことは、人が好んで犬長い毛の犬を飼うようになることです。
多くの犬は人に食べ物をもらい飼われることによって暮らしを立てていますので、長い飾り毛を上手く活用しているのは犬にとってのメリットであることは事実でしょう。
ただ長い飾り毛は犬の暮らしを不快なものにすることにもなっています。
飾り毛のある犬たちの多くは脚や脚の裏部分にも飾り毛が生えています。
犬の足裏の飾り毛はトリミングのときにカットされているようですが、その飾り毛は指の間にまで入り込んでいますので、全てを刈り取ってしまうことはできません。バリカンで刈られてしまうと逆に皮膚がむき出しになって弱くなってしまいます。弱い皮膚は常に地面で湿度にさらされるため赤く変色してしまいます。皮膚炎などになりやすい理由のひとつにもなっています。
足裏の手入れが上手くいかないとそこには土がはりつきます。短毛の犬の場合にはマットで数回足踏みすればとれうような土がこびりついてとれません。長毛の犬になると外にでる度にお風呂場で脚を洗っている飼い主さんもいますが、お気持ちは察します。実際その犬がタオルで拭いた程度で室内にあがれば、室内のじゅうたんや畳で足裏の掃除をすることになり、じゅうたん側には泥汚れがぎっしりということになるでしょう。日本のような家屋では痛手が大きいですね。これは洋風の土足で家に上がる家であれば気にならないことなのでしょう。そのため、洋犬種では飾り毛の犬が増えたともいえます。この問題に西洋人がぶつかっていたら、この毛足の長い中型、大型の純血種たちは繁殖されつづけなかったと思います。
日本は都市環境が広がっているため、道路はアスファルトで公園も土ではない場所が多くなっています。散歩で歩いて帰っても長毛種の犬の足が泥だらけといった事件は起きません。さらに、小型犬が圧倒的に増えていますので、小型犬の場合には脚を洗うとか使い捨てシートでふき取るといった入念な作業によってきれいにされています。脚が小さいですから大型犬のような事件には発展しそうにありません。
山歩きをすると、この飾り毛がますます歩きづらくしています。山に落ちている葉や種、枝などがたくさんついてくるからです。特に杉の枯れた葉などは飾り毛に絡まってなかなかとれなくなります。その他の小さな種子も野生動物や本来の犬たちにくっついて移動するための方法として、ギザギザ構造になっています。少し大きな種子は大豆サイズから、小さなものになるとゴマサイズまでといろいろです。ゴマサイズのものになると脚の指の間の足裏の毛についてしまい、そのまま取れずに皮膚に刺さったりする不快な状態になります。飼い主が取り去ってあげなければいけないような毛であれば、その犬の毛は飾り毛であるということです。
山に暮らす本来の犬の毛はこれらの種子を一定時間は運びますが、歩く摩擦でとれたり、身震いで簡単にとれますので不快感を感じることはありません。
長い飾り毛についてしまうのは種子や枯れ葉ばかりではありません。実は大変なのは雪です。
大雪の日に飾り毛の犬が雪遊びをすると、その犬そのものが雪だるまになってしまうほど、雪の上に雪がついていきます。これは本当に不思議な現象ですが、毛質に油分がたりないため雪をはねることができないようです。
かわいくゴージャスな飾り毛に生まれたことで人に飼われるようになった反面、自然の中で克服しなければいけない現象については適応力が下がってしまったのです。毛に限らずこうした例は他にもたくさんあります。
犬を人為的に繁殖しているわたしたち人間は、人にとってメリットになることだけを見るのではなく、犬にとってデメリットになっている部分についても知る必要があると思います。犬たちの不快を知った上で、その不快な感覚を軽減させるために人ができる手入れについて考え、これから純血種の繁殖をどうしていったらいいのかを考える素材とすることができるからです。これは人ができることであり、人にしかできないこともあります。